第28話

文字数 2,660文字

 わけが解らずポカンとしていると、背後からべつの女子に肩をたたかれた。
「あれって、飯島さんがやらせているのよ」
「え、なにを?」
「だから、あんたへ告白するという罰ゲーム」
「罰ゲームだって?」
 僕はびっくりして尋ねた。
「どうしてそんなことするわけ」
「知らないわよ。本人に訊いてみたら?」
 飯島さんというのは、うちのクラスにいる超不良女子。ケンカが強くて、ヤンキーチームのアタマ張ってるって噂がある。わりと美人なんだけど、目つきが怖いし、話しかける勇気のある男子は今のところ皆無。
 とてもじゃないけど、理由を訊くことなんてできない。
 それにしても僕への告白が罰ゲームだなんて、どうしてそんなヒドイことするのだろう。


 次の日もべつな女子から告白された。
「あ、あの、私と付き合ってください……」
 僕は小声でそっと尋ねてみた。
「あのさ、もしかして君も飯島さんに無理やり告白させられてるわけ?」
 彼女はすばやく教室のすみへ視線を走らせてから、忌々しげにうなずいた。
「そうなのよ。罰ゲームでやらされてるだけなの。だから本気にしないでちょうだいね」
「なんで、わざわざそんなことするんだろう?」
「知らないわよ。文句があるなら飯島さんに言ってよね」
 その後もいろんな女子たちから嘘の告白を受け、たまりかねた僕はついに飯島さんのところへわけを訊きに行った。


 飯島さんには子分がたくさんいる。外野がいると訊きづらいので(というか、つまみ出されそうなので)体育の授業前をねらって接触を試みた。いつもサボタージュを決め込んでる彼女は、体育館へ移動する他の生徒たちを尻目に一人でファッション雑誌を読んでいた。
「……あ、あの」
 一応殴られてもいいように、救急箱の用意はしてある。
「読書中のとこゴメン。ちょっといいかな?」
 机の上に足を乗っけて雑誌をめくっていた飯島さんが「あ?」とガンを飛ばしてきた。でも僕の姿をみとめた瞬間、あわてて足をおろし乱れたスカートのすそを直した。
「てっ、てめえ、急に声かけてくんじゃねえよっ」
「ご、ご、ごめんなさいっ」
 やばい殴られる、と思ってギュッと目を閉じたけど大丈夫だった。飯島さんが得意の三白眼で僕をにらみつけてくる。
「あたいになんか用か?」
「あのね、あの、気に障ったらゴメンネ」
 僕は深呼吸すると、意を決して言った。
「僕に、その、無理やり告白させるという罰ゲームなんだけどさ、できればその、やめてもらえないかなァ……なんて」
 一瞬の沈黙がものすごく長く感じられた。下着のなかでいやな汗が吹き出す。飯島さんの声が一オクターブ低くなった。
「おめえに指図される筋合いはねえ」
 恐怖でひざが笑いはじめた。
「そそそ、そうだよね。ゲームを楽しんでるだけだもんね。べ、べつに僕が気にしなけりゃ良いんだ。ハハハ」
 それ以上なにも言えず、逃げるようにその場をあとにした。


 ところが翌日から、僕への告白がぱったりと止んだ。願いが聞き届けられたのか、それとも飯島さんがゲームに飽きてしまったのかは知らないけれど、ふたたび平穏がもどり僕はホッと胸をなでおろしていた。
「おい、放課後屋上へ来い。セン公にチクったら半殺しにするからな」
 飯島さんの子分からそう告げられたのは、告白ゲームが途絶えてからちょうど一週間後のことだった。おしっこちびりそうになった。飯島さんはやっぱり怒ってるんだ。生意気にも抗議してきた僕のことを。


 校舎の屋上へ来るのは初めてだった。立ち入り禁止のはずなのにドアがすんなり開くということは、飯島さんがカギを壊したに違いない。
 空は気持ちよく晴れていた。
 明け方まで雨が降っていたせいで、そこらじゅうで水たまりがピカピカ光っている。
 予想に反して、飯島さんは一人で待っていた。
 フェンスに寄りかかり、ぼんやり街を見下ろしながらタバコを吸っていた。
「あのう……」
 恐るおそる声を掛ける。猛獣と相対するときは決して目を合わせてはいけないと、なにかの本で読んだことがある。彼女の胸のあたりへ視線を落とした。わりとバストが大きいなと思った。
「おいコラ、てめえ」
 僕の邪な考えに気づいたのか、飯島さんが怖い顔になった。思わず直立不動の姿勢をとる。
「は、はいっ」
「……あたいと付き合ってくれねえか」
 飯島さんが言った。一瞬意味が飲み込めず、僕はポカンと口を開いた。付き合ってくれ?
「えと、それって、ちょっとツラ貸せや、っていう意味の付き合って? それとも男女の交際をしましょうという……」
「男女の交際に決まってんだろうがっ!」
「ひいっ」
 驚きのあまり、その場にぺたんと腰を抜かしてしまった。
「言っとくけど、これは罰ゲームなんかじゃないからな」
 そう言って飯島さんは赤くなった。どうして僕なんかと。でもなぜだかそのとき、この子って案外可愛いかもと思ってしまった。不良だけど。
「あたいがこうして勇気を振り絞って告白してんだ。ちゃんと返事聞かせろよっ」
 僕は土下座しながら震える声で言った。
「ふ、ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
 こうしてわが校創立以来、もっとも変テコなカップルが誕生したのであった。



『火焔』【りきてっくす→るうね】

 花曇りの空にうっそりと、目黒不動の杜がそびえて見える。まだ薄ら氷の残るこりとり川が、寒々しい瀬音を聞かせてくる。長五郎は、思わず自分の肩を抱いて身震いした。二月半ばの、まだ薄暗い早暁のことである。身を切るような風が、生い茂った孟宗の枝をざわざわと鳴らしていた。
「……この藪からしの下が抜けられるようになってるのは良いんだが、問題はそこから先だ。細川様の下屋敷の、ちょうど馬場のあたりを突っ切らなくちゃならねえ。もし家人に見咎められでもしたら、それで一巻の終わりだ」
 長五郎は今、自分が逃走するための経路を思案していた。
 寺に火を放ち、その騒ぎに乗じて盗みをはたらく。幼少の頃から重ねてきた悪事だ。今度の計画のために彼は真秀と名を変え、修行僧のふりをして寺へ潜り込んでいた。
「お宝の在り処は、だいたい調べがついてんだ。へへ、さすがは天台の名刹、たんまり溜め込んでやがったぜ」
 決行は、一ヶ月後。
「……めらめらと燃え広がる炎ってえのは、想像するだけで興奮しちまうもんだな」
 江戸の街を焼き尽くした明和の大火は、こうして始まるのである――。
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