第36話

文字数 1,776文字

 俺と吾妻は、ESP戦略室に属するエスパーだった。
 内閣官房に設置された研究機関で、国家安全保障における超能力の実用性などを調査している。
 吾妻は生まれたときから、念動力を操ることができた。
 いわゆる、サイコキネシスというやつだ。
 コードネームは”傀儡子”
 無機物に生命を与え、人形やヌイグルミなどを、まるで生きた人間や動物のように動かすことができる。
 超人ぞろいのメンバーの中でも、ひときわ異彩を放つ存在だった。

「あれから、もう四年になるのか……」
 俺は係船用のボラードに腰かけて、ジッポーでたばこに火をつけた。
 ゆっくりと吐き出した煙が、海から吹きつける冷たい潮風にさらわれてゆく。

 吾妻がフランスへ亡命すると言い出したのは、決して安っぽいセンチメンタリズムにほだされての事ではない。
 彼は組織の在りかたをめぐって、上層部の官僚たちと対立していた。
 自分たちの持つ特殊な能力のことは、情報をオープンにすべきだと彼は主張した。
 しかし内閣官房の役人や政治家たちは、安全保障上の観点から超能力を極秘事項として扱っていた。
 もちろん最終目的は、敵対国への諜報活動や要人暗殺に使用することである。

「パリの灯を見に行ってくる」
 あの日あいつは、そう言って笑った。
 はじめは冗談だと思ったが、車のトランクからフィギュアを取り出したとき、本気なんだと悟った。
「馬鹿なことを。いくらおまえが並外れた能力の持ちぬしでも、念動力で空を飛べるわけがないだろう。ましてやフランスへ行くなんて……」
 しかし吾妻は俺の忠告など無視して、夜の波止場にフィギュアを並べはじめた。
「こいつらは、ぼくの永遠のヒーローなんだ」
 人形は全部で六体。
 ゾフィー、ウルトラマン、セブン、ジャック、エース、タロウ。
 言わずと知れた、ウルトラシリーズの兄弟たちだ。
「ガキのころ親にねだって買ってもらったんだ。大人になってからもずっと大切にしている、ぼくの宝物さ」
「ソフトビニル人形か、懐かしいな。俺も子どものころは、こんなのをたくさん持っていたよ」
「現存するものは意外に数が少なくて、オークションへ出品すればかるく数十万円の値がつくんだ。マニア垂涎の品というわけさ」
「まあ、たしかに蒐集家のあいだでは価値があるかもしれない……でもだからといって空を飛べるわけじゃないだろう?」
「フフ、まあ見てろって」
 吾妻はコンクリートの上で腹ばいになると、フィギュアたちに命じた。
「お前たち、俺をパリまで連れて行け」
 すると今までただの人形だったフィギュアたちが、まるで命を吹き込まれたように動き出した。
 ぞろぞろと、寝ている吾妻の周りへ寄ってくる。
 まずウルトラマンが吾妻の右手を、セブンが左手をつかんだ。
 ジャックとエースがそれぞれ両足を持ち、タロウが頭の部分を抱える。
 最後にゾフィーが腹の下へ潜り込み、ぐっと胴体を持ち上げた。
「よし、準備はできたな」
 吾妻は俺を見て、陽気に笑った
「むこうへ着いたら絵葉書でも出すよ。気長に待っていてくれ」
「お、おい……」
「元気でな」
 ジュワッチ!
 ウルトラ兄弟に支えられて、吾妻が飛び立った。
 さすがは円谷プロ、圧倒的なスピードで瞬く間に空の彼方へ吸い込まれてゆく。
 俺は岸壁の先まで走り、声を限りに叫んだ。
「あづまーっ、戻ってこーい!」
 しかし彼の姿は、すでに遥か遠くを横切る渡り鳥の群れと区別がつかなくなってしまっていた。
 俺は自分の能力である千里眼を使って、彼の行方を追った。
「あいつ、なんて愚かなことを」
 予想通りだった。
 吾妻は離陸後まもなく失速して、そのまま海へ墜落した。
「警察っ、いや海上保安庁だ」
 俺はすぐに救助を要請し、まもなく巡視艇がやって来て海上をくまなく捜索したが、けっきょく見つかったのは何体かのフィギュアの残骸だけだった……。

 あれから、もう四年。
 こうして、夜の海を眺めていると、やつのことを思い出す。
 俺は自嘲気味な笑みを浮かべ、遠くにかすんで見える漁火へむかって煙を吐いた。
「良くも悪くも、あいつは大人になってしまったのさ」
 だから忘れていたのだ。
 子どもなら誰でも知っている常識。
 ウルトラ兄弟が地球上で活動できるのは、三分間だけということを……。



『我輩は犬である』【りきてっく→するうね】

 我輩は妻の犬である。プライドはもう無い。
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