第90話

文字数 1,469文字

 ようこそ未来結社へ。
 と書かれたホームページの中央に「はじめての方は、こちらをご覧ください」という動画があった。
 どっかで見たことあるけど名前が思い出せない女優が、満面の笑みで話しかけてくる。
「みなさーん、資産運用そろそろ始めてみませんか」
 すると森本レオ似のさえないサラリーマンが首をひねる。
「うーん……でも資産運用なんて今迄やったことないし……けっこう難しいんじゃないの?」
「そんなことはありません。未来結社なら資産運用の知識がない方でも簡単・安心・親切! 市況分析から金融商品のレーティング、リスクヘッジ、トータルリターンに到るまで、全てこの道のスペシャリストたちで構成された運用チームによって行われます」
「でも、ちゃんと資産が増えるのか心配だなあ……」
「お任せください。未来結社には、相場の不確実性にともなう損失をコントロールするために、専門のアナリストやファンドマネージャーが多数控えております。MRFのようなローリスク商品はもちろん、ハイリターンなアセットアロケーションを目指したグローバル株式投資を、世界五十六カ国、一万五千銘柄に分散しておこない、相場下落による損失の発生を極力抑えているのです」
「なるほど。でも悩むなあ……」
「未来結社が現在お客様からお預かりしている資産の総額は一兆二千億円。働く世代を中心に六十万人の方にご利用いただいております」
「え、六十万人も?」
「そうです。私どもの試算によりますと、エマージング市場などにおけるオルタナティブ投資も含め、インカムゲインは二十年間でおよそ三倍から四倍まで増やせる見込みです。また大切な資産をお守りするために、最先端のセキュリティ対策にも取り組んでおります。
「おお、それなら安心だ」
「未来結社は、あなたの幸せな未来のために資産運用をサポートいたします」
 森本レオが大きくうなずく。
「よし、おれは未来結社に決めたぞ!」
「資産の無料診断・口座開設は、下記の専用リンクからどうぞ。お電話でのお申し込みはフリーダイヤル0120、028、028、お金増やそう、お金増やそうまで。専門のスタッフが二十四時間待機して、皆様からのお電話をお待ちしております」
 動画の下に「口座開設はこちら」というボタンがあり、そのずっと下のページの底のところに、ルーペを使わないと読めないような極小の文字で
「※運用成果によっては損失を被り、元本を割り込むこともあります」
 と書いてあった。
 正樹は、そっとページを閉じた。



『慕情』【りきてっくす→るうね】

 たづが藤倉家へ見習い奉公にきたとき、又十郎はまだ前髪も落としておらぬ少年であった。
 ちょうど出替りの時期で、新しい奉公人が幾人もやって来たが、そのなかでもたづは群を抜いて美しかった。そのことは、まだ幼い又十郎少年の記憶にもしっかりと焼きついた。
 それまで又十郎の世話をしていたのは、多江という老いた下女であった。多江は生まれつき虚弱なたちで、この頃はとくに胸を病んでおり、流行り風邪に危うく命を落としかけたのを機に、暇を申し出て郷へ引っ込んだ。入れ替わりにやってきたのが、武蔵国の郷士の娘で、今年十六になる、たづである。
 なにごとにも控えめだった多江とは違い、たづはきわめて剛気な女であった。容姿が美しいだけに、その毅然とした振る舞いは、ときとして苛烈にさえ映る。
 食禄わずか三百石だが、それでも藤倉家は三河以来つづく歴とした旗本の家柄である。その跡取りである又十郎に対しても、たづは容赦をすることがなかった。
「若様っ、これはいったい何事です!」
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