第33話

文字数 1,079文字

 その妖怪アンテナは、街角を歩いていた一人の男の子に向けられていた。
 男の子は不安げに辺りを見回している。
「どうしたの?」
 咲子は努めて優しく男の子に声をかけた。
「お母さんとはぐれちゃったの」
 たどたどしい言葉遣いで、男の子が言う。
「あら、それは大変ね」
「成松神社に行くところだったんだけど、僕は場所を知らないんだ」
「成松神社なら、すぐそこよ。わたしが案内してあげるわ」
 咲子が言うと、男の子はにっこりと笑い、彼女の手を握ってきた。
 歩いて十分ほど、祭りの喧騒から離れたところに、その神社はあった。
 だが、誰の姿も見えない。
「ありがとう、お姉ちゃん」
 男の子が嬉しそうに言う。
「お礼に、僕らの食事にしてあげるよ」
 そう言うと同時、神社の奥の暗がりから、巨大な影が歩み出てきた。
 鬼。
 二本の角に、血走った赤黒い瞳。その巨体は、優に四、五メートルはある。
「かかったな、人間。その幼子は、我が弟の化身。あきらめて、我が贄と……」
 その言葉が途中で止まる。
「こ、これは……咲子さま!」
「祭りの時期には、人を襲うな、と言ったぞ。権六」
 咲子の言葉に、へへぇ、と鬼が平伏する。男の子は、訳が分からない様子で、咲子と鬼を見比べていた。
 咲子はそちらをちらりと見やり、
「このような幼い弟を餌に使って、人を誘い込むとは。もし警戒に当たっている陰陽師たちにばれたら、すぐに祓われるぞ」
「ま、まことに申し訳……」
「謝るぐらいなら、最初からするな。いいか、夏の祭りの間は人を襲うな。それが我らと陰陽師たちとの不文律だ」
 そう言って、咲子は鬼の兄弟に背を向けた。
 まだ、街の方では祭囃子が聞こえてきている。これから、また先ほどのように不文律を破るような不届きものが出ないか、警邏せねばならない。
 咲子はため息をついた。
 だから、夏は嫌いなのだ。



『食材』【るうね→りきてっくす】


「美味い!」
 思わず、皆川は舌鼓を打った。
「美味いねぇ、この料理。いったい、どんな高級な食材を使ったんだい?」
「あら、わたしの腕を褒めてはくれないの?」
 彼女が軽く皆川をにらんでくる。
「いや、この前作ってくれた料理より、だんぜん美味しかったからさ、つい……ごめんよ」
「冗談よ」
 彼女は笑いながら、
「たしかに、今回はちょっと食材を変えてみたの」
「そうなんだ」
「ねぇ、当ててみて。いったい、どんな食材を使ったんだと思う?」
 いたずらっぽく、彼女が言った。
 皆川は腕を組んで考え込む。
「ううーん、そうだなぁ……」
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