第53話

文字数 744文字

 登美はするりと達夫の股間に手を伸ばします。
 と、その手が電流に触れたようにびくっとなり、登美が伸ばした手を引っ込めました。
「あなた」
 登美は驚いた表情で、
「女だったの」
「いいえ」
 達夫は消え入りそうな声で、
「生物学上は男、らしいです。ただ、僕には生まれつき陰茎がないのです」
「そんな」
「姉さんが知らないのも無理ありません。そのことを恥じた両親が他者には――姉さんも含めて――ひた隠しにしてきましたから」
「…………」
「僕はね、姉さん。赤紙が来て、怖い反面、少し嬉しかったのです」
 達夫は姉から視線をそらし、どこか遠くを見つめたまま言います。
「自分が、一人前の男だ、と認められた気がして。こんな半端者の僕でも」
「達夫……」
「これが悲しい幻想だとは分かっています。でも、このまま、こんな鬱屈した思いを抱えて生きているよりは、戦地で益荒男として華々しく散った方が幸せだ、とも思うのです」
 そうつぶやく達夫を、登美は優しく抱きしめました。
「姉さん」
「悲しいことを言わないで。生きて、帰ってきてちょうだい。あなたがどんな身体をしていても、わたしの大切な弟であることは変わりないのだから」
「……ありがとう、姉さん」
 そう言って、達夫も姉の身体を抱きしめます。そうして、二人は子供の頃以来、同衾して眠ることになったのでした。


 翌朝、達夫は戦地に旅立っていきました。
 万歳三唱を叫ぶ見送りの人々――彼の両親も含め――の中、登美は一人だけ無言でした。



『キスの相手』【るうね→りきてっくす】

 目の前の少女は目を閉じていた。
 肩まである黒髪、まつ毛は長く、顔の輪郭も整っている。まごうことなき美少女である。
 軽く唇を突き出し、明らかにキス待ちの顔だ。
 そんな状況の中、俺は混乱していた。
 ……この女は誰なんだ?
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