第42話

文字数 2,160文字

「鬼ゴッコダ」
 と言った。大統領があわてて訊き返す。
「なに、鬼ごっこだと?」
「ソノトオリ」
 宇宙人の平坦な声が言った。
「我々ノ代表ト、鬼ゴッコノ勝負ヲシテモラウ」
「なぜです?」
「ソレガ我々ノ、伝統的ナ外交ノヤリ方ダカラダ」
「しかし、鬼ごっこと言われても……」
 大統領は困惑した。するとUFOの母船から、一人の宇宙人が降りてきた。
「観念して、うちと勝負するっちゃ」
 虎じまのビキニを着けた娘で、緑色の髪のあいだから二本のツノを生やしている。
「誰です、あなたは?」
「鬼ごっこの相手だっちゃ。もしお前たちが勝てば、うちら鬼星の高度に発達した文明を、惜しみなく提供してやるっちゃ」
「……負ければ?」
 鬼っ娘は、舌なめずりして言った。
「一人残らず、うちらの食料になってもらうっちゃ」
「そ、そんなバカなっ」
「お前たちに選択の自由はないっちゃ。うちと鬼ごっこして勝つか、それとも負けて食べられるか、二つに一つだっちゃ」
「しかし、あなたがたは空を飛べるではないか。我々に勝てるわけがない。不公平だ」
 鬼っ娘は、少し考えてから言った。
「うちは3秒以上地面から足が離れないようにするっちゃ。もし3秒を超えたらうちの失格負けで良いっちゃ。それでどうだっちゃ?」
「うう……」
 大統領は、うめくように言った。
「あの、お断りするわけには?」
「往生際が悪言っちゃね。それは出来ない相談だと言ったはずだっちゃ!」
「オー・マイ・ガー」
「3日間の猶予をやるから、そのあいだにうちの相手を決めておくっちゃ」
 そう言い残して、宇宙人たちを乗せた船団は去っていった。
 大統領はその日のうちに全世界の首脳を集め、だれを地球側の代表にするべきか協議した。その結果、ある日本人の高校生に白羽の矢が立てられた。
 新星もとる
 日本陸上界の期待の星である。オリンピックをはじめ数々の大会で世界記録を叩き出し、その身体能力の高さから大リーグやNBLからもスカウトが引きを切らないというスーパー高校生である。
「彼ならば、あの宇宙人の鬼っ娘に勝てるかもしれない」
 大統領のつぶやきに、皆がうなずいた。
 ――そして3日後。
 地球の存亡を賭けた勝負の様子は、衛星を通じて全世界に生中継された。一世一代の晴れ舞台に、新星もとるは武者震いを隠せなかった。
「へへっ、やってやるさ。勝てば、オレは地球を救った英雄って事になるんだからな」
 やがて両者が配置につく。二人の距離は百メートル。新星はこの距離を、9秒62で駆け抜けることができる。鬼っ娘は飛んで逃れようとするだろうが、走り高跳びでも彼は2メートル74という世界記録を保持していた。一気に距離を詰め、飛びついてしまえば、相手を捕捉する事も不可能ではないはずだ。
「オン・ユア・マーク……セット」
 審判員がスターターピストルを掲げる。
「ゴーッ!」
 空へ向けて号砲が鳴らされた。
 新星が猛然と駆け出す。早い。予想外の早さに驚いたのか、鬼っ娘は全く動こうとしない。新星が地を蹴って、思い切り両手を伸ばした。
「もらったぁ!」
 固唾を飲んで中継を見守っていた誰もが、彼の勝利を確信した。
 と、そのとき――鬼っ娘が新星の体へ組みついた。腕を捻じ上げ、両足を胴体に巻きつける。
「な、なにをするんだ?」
「なにって、鬼ごっこだから、お前を捉まえたんだっちゃ」
「ええっ、そっちがオニだったの!?」
「最初にちゃんと確認しておかないお前らがアホなんだっちゃ。いただきます」
 そう言って鬼っ娘は、新星を頭からむしゃむしゃと食べてしまった。



『勝利の方程式』【りきてっくす→るうね】

 T大名誉教授の氷川博士は、フィールズ賞を二度も受賞した天才で、日本における応用数学の父とも謳われる、数学界の権威である。そんな彼が、長年にわたる研究の集大成として、ある論文を発表した。
『絶対に損をしない馬券の買い方』
 なみ居る学会の重鎮たちを前に、彼はこう力説した。
「賭けごとで必ず勝つ方法、これはギャンブラーにとって永遠の夢であります。私は長年、複素関数における微分法、積分法、変分法を研究しておりましたが、このたび偶然導き出したある方程式に当てはめて馬券を買うと、絶対負けないことを発見したのです」
 みなが驚きの声をあげた。一人の若い学者がたずねる。
「それはすべてのレースを的中できるということですか?」
 博士が首を振る。
「いや、そうではありません。レース結果はあくまでも運次第です。私が発見したのは、絶対に収支が黒字になる馬券の購入方法です。その条件は二つ。単勝でも連勝でもよいから全てのレースで馬券を購入する。そして最終レースが終わった時点で、払い戻し金額の合計が、賭け金を上回っているということです」
 彼は、自慢げに鼻をうごめかせた。
「スーパーコンピューターを使って、数え切れないほどのシミュレーションを重ねてきましたが、私の方程式に従って馬券を買うと、すべてのレースで百パーセントお金が儲かりました」
 ふたたび驚きの声があがる。先ほどの若い学者がうめくように言った。
「ど、どうか教えてください。その方程式を……」
 博士は鷹揚にうなずいて、マーカーを手に取った。
「よろしい。では今から説明いたしましょう」
 彼はホワイトボードの前まで行くと、そこへある数式を書き込んでいった。
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