第14話

文字数 3,370文字

「呼ばれて飛びでて、ジャジャジャジャーン!」
 あらわれたのは、だらしない体つきをした巨漢の悪魔だった。顔がちょっと高木ブーに似てる。
「だ、だれよあんた?」
 少女がドン引きして言った。
「あたしが呼んだのは悪魔サタナエルよ。あんたなんかに用はないわっ」
「吾輩がその悪魔サタナエルでごじゃる」
「ウソよっ」
「嘘じゃないでごじゃる。正真正銘サタナエルでごじゃるよ」
 悪魔は、腰にさげたガマグチから自分の名刺を取り出した。
「ほれ、ちゃんとここに書いてあるでごじゃる」
「……世界魔界協会……参事サタナエル? 参事って……なんかビミョーに偉くなさそうな役職ね」
「偉くないでごじゃる」
「サタナエルは魔界の盟主よ。悪魔を統べる王なのよ。こんな閑職に追いやられた天下りみたいなショボい地位に甘んじてるわけないじゃない」
「以前は組織のトップだったでごじゃるが、理事会の過半数を新興の悪魔たちに占められ、降格させられたでごじゃる」
「……悪魔もいろいろと大変なのね」
 ため息をつく少女を見下ろし、悪魔があっけらかんと言った。
「吾輩のことはいいから、はやく三つの願いを言うでごじゃる」
「え、願いごとを叶えてくれるの?」
「そのために、こうしてわざわざ出てきたのでごじゃるからな」
「うーん、でもなんか、そのルックスで言われても、ぜんぜん期待できないっていうか」
「吾輩の実力をお疑いでごじゃるか?」
「そうねえ……」
 ちょっと考えてから少女が言った。
「いいわ、じゃあ試しにフランスのパリキャラメル社で売られてる、パート・ドゥー・フリュイってお菓子を出してちょうだい。パリジェンヌ御用達で一粒300円もする超高級菓子なのよ。日本に住んでいては絶対食べられない逸品なの。どう? あんたにできるかしら」
「お安いご用でごじゃる」
 悪魔はガマグチから孫の手のようなものを取り出すと、くるっと一振りした。
「アラビン、ドビン、ハゲチャビン!」
 ぼわぼわぼわっと煙が出て、机の上に綺麗なお菓子の粒がならぶ。少女が目を丸くした。
「すごいっ。雑誌で見たのと同じだわ。どうやって出したの? 日本では絶対手に入らない幻のスイーツなのに」
「吾輩に不可能はないでごじゃる」
「あなた本物だったのね!」
「最初からそう言ってるでごじゃる」
 パート・ドゥー・フリュイをもぐもぐ食べながら、少女は夢見るように目をとじた。
「ああ、なんて幸運が舞い込んできたのかしら。願いごとを三つも叶えてもらえるなんて……」
「二つでごじゃる」
「え?」
「ひとつは叶えたから、残るはあと二つでごじゃるよ」
「ずるーい、今のはカウントしないでちょうだい」
「悪魔に例外はないでごじゃる」
「うう……」
 そのとき、どすどすどすと階段をあがってくる音がした。
「イクミっ、あんたまた冷蔵庫から食材を持ち出したでしょ?」
「やばいママだっ」
「食べもので遊んじゃいけませんってあれほど言ったのに、どうしてママの言うことが聞けないのっ」
「ニワトリ盗んだのがバレたんだわ……どうしよう」
 少女は悪魔にすがりついた。
「お願い、なんとかして」
「お安いご用でごじゃる。アラビン、ドビン、ハゲチャビン!」
 ぼわぼわぼわっと煙が出て、ニワトリの血で汚れた部屋がきれいになってゆく。間一髪でドアが開き、ママがずかずか乗り込んできた。
「イクミっ……てアレ?」
「どうしたのママ?」
「おかしいわね、部屋がきれい」
「いつもちゃんと片付けてるじゃない」
 ママは眉間にしわを寄せて、ううと唸った。
「冷蔵庫からニワトリがなくなってるのよ。だからてっきりあんたがまた変な儀式に使ってるのかと……」
「やあねえ、そんなことしないわよ」
「じゃあニワトリどこいったのかしら?」
「そういえば、さっきお隣の三毛猫がうちに入り込んでたわよ」
「そうか、あの泥棒ネコっ」
 まるで恋人を寝取られたようなセリフを吐くと、ママはどすどすどすと階段をおりて行った。少女がほっと胸をなでおろす。
「危なかった……見つかったらまたお尻ぶたれるところだったわ」
「良かったでごじゃるな」
「……あ、ちょっと待って。もしかして今のもカウントされた?」
「もちろんでごじゃる」
「うう……願いごとはあと一つか」
 ここで少女は、はっと気づいた。
「違うわ、こんな私利私欲のために悪魔を呼び出したんじゃない。あたしは世界を滅びから救いたかったのよ」
「世界を滅びからでごじゃるか?」
「そうよ、あたしグレタさんの演説を聞いて感動したの。そして思ったわ。環境破壊から地球を救うために、あたしにもなにかできるんじゃないかって」
 悪魔をびしっと指さして、少女が言った。
「さあ悪魔サタナエルよ。われは命じる。世界を滅びから救いなさい!」
「そういう漠然とした願いは聞けないでごじゃる」
「えー、なんでよー」
「たとえばアメリカ大統領を暗殺して欲しいとか、中国の国家主席を暗殺して欲しいとか、そういうふうに具体的な頼みかたをしてもらわないと困るでごじゃる」
「暗殺なんてしてもらわなくてけっこう。じゃあ、こういうのはどう? 地球上にある全てのプラスチックゴミを消滅させてちょうだい」
「ゴミの定義が曖昧でごじゃる」
「えー?」
「第三者からはゴミに見えても、所有者にとってはれっきとした財産かもしれないでごじゃる」
「ゴミ屋敷の撤去を面倒くさがってる役所みたいなこと言わないでよ。じゃあどういうふうに頼めばいいわけ? わかりやすく説明してちょうだい」
「お安いご用でごじゃる」
 悪魔はコホンと咳ばらいしてから言った。
「こう言うものはまず具体的な数値をしめすのが一番でごじゃる。例えば、今後百年間は地球上の温室効果ガスの排出量を現在のレベルの百分の一以下に抑えるようにする、とか」
「すごいっ、官僚の国会答弁みたい。さすが元悪魔の王だけのことはあるわ。じゃあ、それでお願いしようかしら」
「ダメでごじゃる」
「え?」
「最後の願いごとは、たった今を叶えたでごじゃるよ」
「は?」
「願いごとの仕方を教えるという願いを叶えたでごじゃる」
「なによそれ、詐欺じゃないっ」
「悪魔に例外はないでごじゃる。ところで三つの願いを叶えたのだから、そろそろ対価を払ってもらうでごじゃるよ」
「……対価ってまさか?」
「そう、あなたの魂でごじゃる」
「えーっ! そんなの聞いてないわよ」
「悪魔に願いごとをしたら魂を差し出すのは常識でごじゃる」
 少女が後じさる。
「冗談じゃないわ。あたしまだ14なのよ……」
「関係ないでごじゃる」
「しかも叶えてもらったのが、あんなどうしようもない願いごとだなんて……」
 少女がしくしく泣き出したので、悪魔はちょっと困った顔になった。
「たしかに言われてみれば、つまらない頼みごとばかりだったでごじゃるな……。しょうがない、今回だけは大目に見て、こいつの魂で勘弁してやるでごじゃる」
 カゴのなかを元気に走り回っていたハムスターが、突然ぱたっと倒れて動かなくなった。
「ああっ、あたしの可愛いハム太郎ちゃんが」
「ごちそうさま。薄味だけど、さっぱりして小腹が空いたときにちょうど良いでごじゃる」
「この悪魔っ」
「また、なにか頼みごとができたら吾輩を呼ぶでごじゃるよ。それじゃ、ハイチャラバーイ!」
 ぼわぼわぼわっと煙が出て、悪魔はそのなかへと吸い込まれていった。
「もう出てくんなデブっ!」



『転校生』【りきてっくす→るうね】

夏休み明けの教室に知らない女の子がいた。
窓ぎわの一番うしろの席。
ちょっと可愛い子。
いや、よく見るとすっごい美人。
外を眺めながらつんと澄ましてる。
みんなは、なぜかそれを遠巻きにして、ちらちら気にしてる様子。
「おい、あれ転校生だよね?」
ぼくはクラス委員の谷岡にたずねてみた。
彼は困惑したような顔でうなずいた。
「……そうなんだけど、ちょっと変なんだ」
「変って?」
「さっき高木のやつが、彼女に話しかけたんだけどさ……」
谷岡は教室のすみを指さした。
そこには顔に青あざをつくり、ティッシュで鼻血をぬぐいながら泣いている高木の姿があった。
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