第83話

文字数 1,007文字

「では、回収させていただきます。くれぐれも言っておきますが、絶対についてこないでくださいね」
「分かっています」
 軽トラの荷台にぽつんと乗せられた義母を見て、わずかに憐憫の情が湧いてくるが、それをぐっと押し殺して、私はうなずいた。
「お婆ちゃん!」
 愛理が泣きながら、走り出した軽トラに駆け寄ろうとする。だが、軽トラは容赦なく排気ガスを愛理の顔に吹きつけて、走り去っていった。


 それから数十年が経ち、ついに私も廃品回収されることになった。
「お母さん」
 今はもう母親になった愛理が、つぶやく。視線は決して合わせない。
「じゃあね、愛理」
「……うん」
 小さく返事があった。私に痴呆の症状が現れてからは、ほとんど会話を交わすこともなかったけれど。それでも、親子の情はあるのだと信じたい。
「粗大ごみ処理券はご購入済みですか?」
 義母の時と同じように、回収業者が訊く。
「はい、買ってあります」
 愛理が返事をして、私に700円と書かれたシールを張り付けた。あれから値下がりしたのだ。
 促され、軽トラの荷台にぽつねんと座る。義母もこんな気持ちだったのだろうか。
 軽トラが走り出す。愛理の悲しそうな瞳だけが印象に残った。孫は見送りに出てきてもいない。
「これから私はどうなるんでしょうか」
 運転席の回収業者に訊いてみる。
「あれ、ご存じないんですか?」
 不思議そうな視線を、回収業者が向けてくる。
「これから、あなたは競りにかけられるんですよ」
「競り?」
「ええ」
「あの、競りって?」
「特定老人ホームや一般の方にオークションされるんです。そこで売買が成立すればよし。成立しなければ安楽死ですね」
「そうだったんですか」
 義母はどうだったのだろう。こんな時に思い出すのは、いつも義母の顔だ。
「まあ、痴呆症ともなると、なかなか買い手はつかないでしょうけどね」
「そうですよね……」
「ああ、でもいまは人も食べられる時代ですから。食肉業者なら引き取ってくれるかもしれませんね」
「そうね、そうなるといいですね」
 何の役にも立たず安楽死させられるよりは、誰かの栄養になるために死にたい。
 私は、そう思った。



『媚薬』【るうね→りきてっくす】


 ある日、新大久保でコテコテな中国人に声をかけられた。
「おにさんおにさん、これ買わないアルか」
 見ると、その手には紫色の小瓶が握られている。
「なんだい、これは」
「超強力な媚薬ヨ。これを使えば、気になるカノジョもメロメロネ」
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