第67話
文字数 844文字
店に入ると、カウンター席に座っていた女性が、こちらに視線を寄こした。
「あら」
「君は……」
一瞬、分からなかったが、それは十数年前に別れた妻だった。
「珍しいところで会うわね」
「そうかな」
「お酒は嫌いじゃなかった?」
「飲みたい気分の時もある」
「隣に座る?」
挑発的に微笑む彼女に、俺はうなずく。逃げるように、テーブル席に行くのは癪だった。
カウンターの奥にいる頑固そうな店主に注文をしながら、席に座った。
「十二、三年ぶりぐらいかしらね」
「もうそんなになるかな」
「再婚はした?」
とてもそんな気にはなれない。
そう口にするのは何だか負けたような気がして、俺はただ首を振った。
「ねぇ」
「なんだい」
「別れた理由、聞きたい?」
「別に」
「そう」
何もかも見透かしたように、彼女は微笑む。俺はもやっとした気持ちになった。
それから小一時間ほど、とりとめのない話をした。何を話したかはよく覚えてない。それぐらい、何でもない話だった。
「そろそろ帰るよ」
「あら、もう?」
「明日も早いんでね」
「そう」
冷酒の注がれたコップを傾けながら、もう俺には興味をなくしたように、ぼんやりと遠くを見る目になった。
「ねぇ」
出ていこうとする俺の背に、彼女の声がぶつかってくる。
「なんだい」
「あなたとの結婚生活、悪くはなかったわよ」
「……そうかい」
複雑な気分で店を出る。
「さむ」
雪はやんでいたが、当然のごとく寒い。
そうだ、マフラーを店内に忘れてきた。戻るのは、なんとなく抵抗があるが、取りに戻ろう。
そう思って振り向くと、そこには雑居ビルの壁があるばかり。やきとりと書かれた赤ちょうちんなど、影も形もなかった。
その後、風の噂で、別れた数年後に彼女は死んでいたことが分かった。
『化かし合い』【るうね→りきてっくす】
ある日、狸が狐にこう言った。
「これから、ここを通る人間を化かしてみようじゃないか」
「なるほど、上手く化かせた方の勝ちというわけか」
「負けた方は勝った方に酒をおごることにしよう」
「お、さっそくやってきたぞ」
「あら」
「君は……」
一瞬、分からなかったが、それは十数年前に別れた妻だった。
「珍しいところで会うわね」
「そうかな」
「お酒は嫌いじゃなかった?」
「飲みたい気分の時もある」
「隣に座る?」
挑発的に微笑む彼女に、俺はうなずく。逃げるように、テーブル席に行くのは癪だった。
カウンターの奥にいる頑固そうな店主に注文をしながら、席に座った。
「十二、三年ぶりぐらいかしらね」
「もうそんなになるかな」
「再婚はした?」
とてもそんな気にはなれない。
そう口にするのは何だか負けたような気がして、俺はただ首を振った。
「ねぇ」
「なんだい」
「別れた理由、聞きたい?」
「別に」
「そう」
何もかも見透かしたように、彼女は微笑む。俺はもやっとした気持ちになった。
それから小一時間ほど、とりとめのない話をした。何を話したかはよく覚えてない。それぐらい、何でもない話だった。
「そろそろ帰るよ」
「あら、もう?」
「明日も早いんでね」
「そう」
冷酒の注がれたコップを傾けながら、もう俺には興味をなくしたように、ぼんやりと遠くを見る目になった。
「ねぇ」
出ていこうとする俺の背に、彼女の声がぶつかってくる。
「なんだい」
「あなたとの結婚生活、悪くはなかったわよ」
「……そうかい」
複雑な気分で店を出る。
「さむ」
雪はやんでいたが、当然のごとく寒い。
そうだ、マフラーを店内に忘れてきた。戻るのは、なんとなく抵抗があるが、取りに戻ろう。
そう思って振り向くと、そこには雑居ビルの壁があるばかり。やきとりと書かれた赤ちょうちんなど、影も形もなかった。
その後、風の噂で、別れた数年後に彼女は死んでいたことが分かった。
『化かし合い』【るうね→りきてっくす】
ある日、狸が狐にこう言った。
「これから、ここを通る人間を化かしてみようじゃないか」
「なるほど、上手く化かせた方の勝ちというわけか」
「負けた方は勝った方に酒をおごることにしよう」
「お、さっそくやってきたぞ」