第26話

文字数 1,486文字

 天使は首をかしげて言った。
「ふむ、たしかにそのコウモリの翼をつけていれば目立つだろうね。でもそうすると、代わりに君がこの天使の翼を背負うことになるけど、それでもいいのかい?」
「かまわないさ。というか、ぜひそう願いたいね」
 天使はちょっと驚いた。
「へえ、天使の羽を欲しがるなんて、君も変わった悪魔だね。ひょっとすると、なにか事情でもあるのかい?」
 そう尋ねると、悪魔はちょっとばつが悪そうに頭をかいて言った。
「じつを言うとね、俺は今でこそ悪魔なんかに身をやつしているが、かつては君とおなじ天使だったのさ」
「これは驚いた」
 天使は興味をおぼえたらしく、身を乗り出してきた。
「立ち入ったことを聞くようだけど、君はどうして天界を追われたんだい?」
 悪魔は少しためらったが、天使がしつこくせがむので仕方なく堕天した理由を語りはじめた。
「もう百年くらい前の話になるけど、あるとき天を二分する派閥争いが起こってね。俺たち下級天使も、敵対する派閥同士でいがみ合っていたんだ。そのころの俺は、まだ新米天使だったせいか血気盛んでね。それでつい同僚と口論になり、酔った勢いで彼を殺めてしまったんだ」
「ふうん……」
 天使は腕を組んで考え込んでいたが、やがて笑顔になって言った。
「よしわかった。君のそのコウモリの翼と、僕の天使の翼を交換しようじゃないか」
「え、本当かい。じゃあさっそく」
 天使と悪魔は、お互いの翼を交換した。
「ああ懐かしいなあ、この柔らかな感触、つやつやとした輝き。やっぱり天使の翼は素晴らしいや」
 悪魔がうっとりしながら自分の背に生えた翼を撫でたりさすったりしていると、天使がいたずらっぽくウインクしながら言った。
「ところでどうだろう、翼だけ交換するというのも、なんだかアンバランスだ。君のそのツノと尻尾を、ぼくの天使の輪と交換してみないかい」
「やや、そいつは良いアイデアだね。ぜひともお願いするよ」
 天使は、悪魔からツノと尾をもらい受けると、代わりに自分の頭に浮かぶ輪を差し出した。
「つけ心地はどうだい?」
「最高だよ。この神聖な輝き、慈愛に満ちた光。卑しいこの身が浄化されてゆくような気がするよ」
 悪魔が小躍りして喜ぶので、天使はさらなる提案をした。
「ところで、外観がすっかり天使に戻ったというのに、手に槍なんて提げているのはどんなもんだろう。その地獄の槍、この天使のラッパを交換しようじゃないか」
「お、君はいいところに気がついたね。たしかに外観だけ天使を装っても、手にこんな物騒なものを持っていたんじゃ気分が台無しだ。ぜひとも交換しよう」
 天使はラッパを差し出すと、代わりに槍を受け取った。そしてその槍で、悪魔の胸を突き刺した。
「ぐっ、なにをするんだ……」
「君が殺した同僚というのはぼくの兄だ。ぼくは、この日が来るのを待っていた。百年間、兄の仇をずっと探しつづけていたのさ!」


『狐の白無垢』【りきてっくす→るうね】

 むかァし昔、信州は犀川のほとりに、与助という若ものが暮らしておった。
 与助はたいそうな働き者で、おまけに心優しい若ものじゃったが、どういう因果か生まれつき鬼瓦のような怖い顔をしておった。そのため年ごろになってもいっこう嫁の来手がなく、寂しい日々を送っていた。
「お稲荷さま、お稲荷さま、どうかオラにも可愛い嫁っこさくだせえ。お願げえしますだ」
 与助は毎日、村はずれにある稲荷明神へ通って手を合わせた。
 するとある晩のこと――稲荷の使いだという美しい狐が、与助の夢枕に立ってこう言った。
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