第32話
文字数 968文字
カチャッ。
間髪入れず天里の右手に、手錠かかけられた。
カイゼル髭をたくわえた男が、得意満面になって腕時計の時刻を読み上げる。
「えー、九月十九日、五時四十八分、殺人容疑で被疑者を逮捕、と」
天里がオロオロしながら言った。
「ちょ、ちょっと待ってください。あなたは誰です?」
「わたしは警視庁刑事課の、桃ノ木というものだ」
「逮捕するの早すぎでしょう」
「そうか?」
「ふつう、こういう場面では、謎解きが始まるものです。どうして探偵の私が犯人なのか、動機は何なのか。はたして私に犯行は可能だったのか。集まった人たちのあいだから、そういった疑問が噴出し、それに対して私がひとつひとつ謎を解き明かしてゆく。そういうプロセスがあってしかるべき場面だと思うのですが」
「話は署で聞いてやる」
そういって天里をズルズル引きずりはじめた。
「ま、待ってください、桃ノ木警部。私は探偵ですよ。犯行を告白したからといって、それを鵜呑みにして良いんですか? じつは真犯人を引っ掛けるための罠ではないのか、とは考えないのですか?」
「知らんわっ。おまえには黙秘権と弁護士の立会いを要求する権利がある。おまえの供述は裁判で不利な証拠として扱われる可能性がある。えーと、あとなんだっけ? まあいい、ほれキリキリ歩けっ」
「ひい、助けて」
やがて天里光之助はパトカーへ乗せられ、警察署へと連行されていった。
居間に残された面々は呆気にとられていたが、
「まあ、自分が疑われたのでなければ、それでいいよね」
「そうそう、真犯人が誰だろうと正直おれたちには関係ないし」
といって三々五々、その場から引き上げていった。
『魔界都市』【りきてっくす→るうね】
こんちきちん こんちきちん
賑やかな囃しに盛り立てられて、八坂神社から繰り出した神輿が京の大路を練り歩く。『祇園御霊会』と書かれた提灯が、街の喧噪に揉まれながら京都の夜に彩りを添える。この景色を目にすると、深い感慨とともに夏の到来をひしひしと感じる。
でも、夏は嫌いだ――。
咲子は、深く息をついた。
古式ゆかしい都の景況には華やかな外観とは裏腹に、なにか底知れぬ闇がひそんでいるような気がする。げんに彼女の妖怪アンテナは、先ほどから邪悪な何者かの気配を敏感に嗅ぎ取っていた。
間髪入れず天里の右手に、手錠かかけられた。
カイゼル髭をたくわえた男が、得意満面になって腕時計の時刻を読み上げる。
「えー、九月十九日、五時四十八分、殺人容疑で被疑者を逮捕、と」
天里がオロオロしながら言った。
「ちょ、ちょっと待ってください。あなたは誰です?」
「わたしは警視庁刑事課の、桃ノ木というものだ」
「逮捕するの早すぎでしょう」
「そうか?」
「ふつう、こういう場面では、謎解きが始まるものです。どうして探偵の私が犯人なのか、動機は何なのか。はたして私に犯行は可能だったのか。集まった人たちのあいだから、そういった疑問が噴出し、それに対して私がひとつひとつ謎を解き明かしてゆく。そういうプロセスがあってしかるべき場面だと思うのですが」
「話は署で聞いてやる」
そういって天里をズルズル引きずりはじめた。
「ま、待ってください、桃ノ木警部。私は探偵ですよ。犯行を告白したからといって、それを鵜呑みにして良いんですか? じつは真犯人を引っ掛けるための罠ではないのか、とは考えないのですか?」
「知らんわっ。おまえには黙秘権と弁護士の立会いを要求する権利がある。おまえの供述は裁判で不利な証拠として扱われる可能性がある。えーと、あとなんだっけ? まあいい、ほれキリキリ歩けっ」
「ひい、助けて」
やがて天里光之助はパトカーへ乗せられ、警察署へと連行されていった。
居間に残された面々は呆気にとられていたが、
「まあ、自分が疑われたのでなければ、それでいいよね」
「そうそう、真犯人が誰だろうと正直おれたちには関係ないし」
といって三々五々、その場から引き上げていった。
『魔界都市』【りきてっくす→るうね】
こんちきちん こんちきちん
賑やかな囃しに盛り立てられて、八坂神社から繰り出した神輿が京の大路を練り歩く。『祇園御霊会』と書かれた提灯が、街の喧噪に揉まれながら京都の夜に彩りを添える。この景色を目にすると、深い感慨とともに夏の到来をひしひしと感じる。
でも、夏は嫌いだ――。
咲子は、深く息をついた。
古式ゆかしい都の景況には華やかな外観とは裏腹に、なにか底知れぬ闇がひそんでいるような気がする。げんに彼女の妖怪アンテナは、先ほどから邪悪な何者かの気配を敏感に嗅ぎ取っていた。