第12話

文字数 1,945文字

「そのサクラチクビのおっぱい……まさか、あのときの?」
 町奉行は得意満面になって言った。
「おうよ、てめぇとそこの女を引き合わせた客引きのババァは、このおれだったのよ」
「しまった、まんまとおっぱいに騙された」
 男がギリっと歯噛みする。町奉行は愉快そうに笑った。
「わははは、どうだ恐れ入ったか。女を孕ませておきながら知らんぷりたぁ言語道断。市中引き回しのうえ、打ち首獄門にしてやるから覚悟しやがれ」
 たわわな乳を仕舞い威儀を正して言った。
「これにて一件落着っ」
「ちょっと待て」
 男がすっくと立ち上がる。町奉行は怪訝な顔をした。
「なんでい? お裁きはもうついたんだぜ」
「いや、ついてはおらん」
 男が着物のえりをガバッとはだけた。そこには町奉行を上回るほどのたわわな乳が。
「左衛門尉、余のおっぱいを見忘れたか?」
 驚いた町奉行が、ぶざまに尻餅をつく。
「そ、その葵の紋所が彫られた乳は……まさか上様?」
「いかにも」
 その場にいた全員が恐れおののき、お白州まで下りてきてガバッと平伏した。
「へへーっ」
 町奉行も平蜘蛛のように這いつくばる。
「う、上様とは存知上げず、ご無礼をばつかまつりました。ひらに、ひらにご容赦を……」
「この痴れ者が」
 今までとは打って変わり、男は尊大な態度で言った。
「近ごろ強引な客引きがあると目安箱に訴えがあり、余がじきじきに調べておったのじゃ。そのほう、町奉行の要職にありながら廓を経営し、あまつさえ客引きをするなど言語道断。追って評定より厳しい沙汰があるものと思えっ」
「へへーっ」
 町奉行は地面にあたまをこすりつけた。男は乳を仕舞うと高らかに宣言した。
「これにて一件落着っ」
「ちょっと待ちゃれ」
 女がすっくと立ち上がる。男は怪訝そうな顔で振り返った。
「なんじゃ無礼者。余をなんと心得る」
「おほほ。心得違いは、そなたのほうどす」
 小袖のたもとで口を覆い、女はガバッとすそをめくり上げた。
「久しやのう、家慶。よもや朕のちんちんを見忘れたかえ?」
「げっ、その菊の御紋が彫られたイチモツは……」
 男はその場でガバッとひれ伏した。
「み、帝ではござらぬか。なにゆえこんなところに?」
「たみ草の暮らしぶりを知ろうと遊女に化け客を取っておったのや。そやけど面白いことになってきはりましたなあ。世は改革断行の真っ最中。そのさなか陣頭指揮に立たはる将軍さんが遊女あそびにうつつを抜かしていようとは。こないなこと藩政改革にあえぐ諸侯に知れたら、えらいことになりますえ」
「ど、どうかそればかりは……」
「まあ、いずれ御所よりきつきつ勅諚がくだされますさかいに、その日を楽しみに待っておるよし。おほほほ――」
 愕然となる男を残し、女は優雅に立ち去っていった。
「これにて一件落着でおじゃる」


『珍客』【りきてっくす→るうね】

「かしらを訪ねて、おもてに変な客が来ちょります」
 当番組員の上田が、怪訝そうな顔で事務所へ入ってきた。『任侠』と書かれた額縁の下でソファにふんぞり返っていた有田は、右の眉をピクリと動かした。
「変な客って、どがいな客じゃい」
「へい、セーラー服を着た女子高生です」
「女子高生?」
 一瞬好色そうな表情を見せた有田だが、すぐに真顔に戻って言った。
「おおかたうちの風俗店で働かせてくれ言うんじゃろ。そがいなもん雇った日にゃこっちが県警にパクられる。どれ、わしが行ってクンロク入れちゃるけえ」
 吸っていた葉巻を灰皿へ押しつけ重い腰をあげる。上田が慌てて言った。
「ちょっと待ってつかァさい。もしかすると森山組の鉄砲玉いう可能性もあります」
「バカたれっ、女子高生相手になにビビっとるんなら」
 組事務所の玄関にいたのは、パンツが見えそうなくらい短いスカートをはいた女子高生だった。有田の目が、その白い太ももに釘づけになる
「こんなか? うちの店で働きたいちゅうのは」
 娘は有田を真正面から見つめ返すと、ドスの効いた声で言った。
「失礼ですが、ここの代貸さんでござんすか?」
「だいがし? わしゃこの組で若頭やってる有田いうもんじゃ」
 有田が名乗ると、娘は腰を落として仁義を切った。
「お控えなすっておくんなさい」
「はァ?」
「さっそくのお控え、ありがとうござんす。お初にお目にかかります、手まえ生国は東京でござんす。東京と言っても広うござんすが、杉並区は久我山の都営住宅に産まれ、姓は鬼塚、名は花子、都内の女子校へ通う、しがない駆け出しもんでござんす。ゆえあってご当家の軒下三寸お借りし、こうして仁義を発しました。以後お見知りおかれまして、諸事万端、お引き立てのほどお願い申しあげます」
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