第13話

文字数 1,293文字

「鬼塚?」
 一瞬、有田はあっけに取られたが、すぐにはっとした顔つきになった。
「鬼塚、ってぇと、もしかしてお前さん、組長(おやじ)のお孫さんかい?」
 にやり、と花子は笑った。
「こ、こいつは知らねぇこととは言え、とんだ失礼を。おい、上田。なにぼさっとしてやがる、早く中にお通ししねぇか」
「へ、へい」
「ささ、どうぞ、お嬢」
「ありがたい申し出でありやすが、その前にこちらを」
 花子は懐から一通の封書を有田に向かって差し出した。
「こいつは……」
「手まえの祖父からでござんす」
 有田が封書を開き、目を通す。
「組長……」
 海外旅行中に行方不明になっていた鬼塚組長からの封書。そこにはこうある。
 旅行先で若頭の一人である江口の子分に襲われた。現地の病院で治療を受けたが、もう自分は助からない。組長の座は有田に譲るから、組を盛り立てていってほしい、と。
 これを読んだ、有田は怒髪天に達した。
「お嬢、組長は」
 有田の問いに、花子は小さく首を振った。
「江口の野郎、よくも組長を……!」
「かしら……」
「これを組の代貸に。それが祖父の遺言でやした」
「そうですかい」
 有田はうなずいた。その目に剣呑な光が宿っている。
「知らせてくれて、ありがとうごぜぇやした、お嬢。これからここは戦場になりやす。一刻も早く離れてくだせぇ」
「分かりやした。お気遣い感謝いたしやす。では、あっしはこれで」
 そう言って、花子はその場から去っていった。


 角を曲がったところで、花子はふぅと息をついた。
 上手くいった。相手が単純で助かった。ああも上手く罠にはまってくれるとは。
 花子――もちろん偽名だが――の父は鬼塚組内部の抗争に巻き込まれて死んだ。全く関係ない一般人だったのに、だ。その復讐を果たすため、鬼塚組を潰すため、今回の計画を立てた。鬼塚組の組長、鬼塚平三を、現地の売春婦に変装して殺したのが一ヶ月前のこと。死体は隠し、行方不明扱いになるようにした。が、もちろんこんな手が何回も使えるわけはない。そこで、鬼塚の孫になりすまし、若頭同士の抗争の火種を巻くことにした。もちろん、この抗争によって一般人が何人も犠牲になるだろうことは予想がつく。だが、それでも復讐をやめるわけにはいかない。
「地獄に落ちるわね、鬼塚組ともども」
 自嘲めいた口調でつぶやき、江口の詰めている事務所に向かう。
 出てきた江口に、花子は仁義を切って、言った。
「お初にお目にかかります、手まえ生国は東京でござんす。東京と言っても広うござんすが……」



『悪魔と』【るうね→りきてっくす】


「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム」
 少女はどこかで聞いたような呪文を唱えていた。床にはニワトリの血で複雑な魔方陣が描かれている。むろん、こんなことは少女の本意ではなかった。だが、もう悪魔に頼るぐらいしか思いつかなかったのだ。世界を滅びから救うには、これしか……。
「いでよ、悪魔サタナエル!」
 その少女の叫びとともに、部屋に黒い霧が立ち込め――それが晴れた時には、一匹の悪魔が姿を現していた。
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