第31話

文字数 965文字

 そこで、寿々は目を覚ました。
「夢……」
 頭を振って、つぶやく。
 どうやら帰宅途中のバスの中で眠っていたらしい。
「なんで二十年も前の、あんな夢を……」
 いま、寿々は東京に出て、出版社の編集として働いている。現在はホラー小説雑誌の担当なので、あんな夢を見たのだろう。
 そう思って、まぶたを指で押さえる。
 ちょうど、バスが寿々の住むアパートの最寄りの停留所に着くところだった。整理券と料金を運転手に渡し、彼女はアパートの階段を上がる。
 自分の部屋のドアの前まで来た、その時。
 中から人の気配がした。
 泥棒か?
 そう思い身を固くした瞬間、特徴のある湿った咳の音が聞こえてきた。
「父さん……?」
 思わず、そうつぶやく。
 結局、寿々の父親は戦地から帰ってこなかった。戦死が確認されたわけではないが、もうほとんど生存はあきらめている。母親の幸恵は、五年前、失意のうちに死んだ。
「父さん、なの?」
 鍵を開けようとした、その時、耳元で鋭い声がした。
『だめだ、行っちゃなんねっ』
 その声が、寿々の動きを止める。
 ずるっという音とともに、中の気配がドアの方に近づいてきた。
 寿々は急いでアパートの階段を駆け下りると、そのまま振り向きもせず、全力で逃げた。その日は、結局、朝まで繁華街をうろつき、明るくなってからアパートに帰ってみたが、特に何も異変はなかった。
 ただ、母親の遺影を入れた額が、少しひび割れていた。
 その後、すぐに寿々はそのアパートを越し、それ以降、異変が起きることはなかった。



『殺人探偵の事件簿』【るうね→りきてっくす】

「さて」
 と、探偵の天里光之助は、居間に集まった面々を見回した。
「今回、あなたたちに集まってもらったのは他でもありません。今回の事件の真犯人を突き止めるためです」
「真犯人だって?」
 一人の男が、声を上げる。
「すでに犯人は警察が捕まえただろう」
「その犯人が間違っていたのですよ」
「奴以外の関係者には全員アリバイがあったんだぞ! いったい誰が……」
「いたんですよ、皆の盲点になっていた人物が」
「なんだって?」
「誰なんだ、そいつは」
 口々に言い合う関係者たち。
 天里は、自信満々にこう言った。
「それは、探偵である、この私。天里光之助です!」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み