第9話

文字数 1,026文字

 男は女の死体がある部屋に入ると、まずカメラの調子を確かめた。
「よし、角度、感度ともに良好」
 つぶやくと、動画配信のためのソフトを起動する。
「はい、今日も始まりましたー。ぴかぎんの死体まるごとクッキングー」
 男は打って変わって明るい声で、言った。アクセス数を稼ぐコツは、まずは愛嬌だ。
 男はぴかぎんのハンドルネームで動画を配信していた。とある大手の動画配信サイトで常にアクセス数二位をキープしている。
 そう、二位だ。一位ではない。
 一位は、まじめぶちょーというハンドルネームの男。この男が動画配信サイトに死体を登場させるという手法を持ち込んだ。
 最初は賛否両論あったが、今では動画配信の主流となっている。誰しも、怖いものみたさ、グロいもの見たさという気持ちはあるものだ。
 男は、別のモニタに映し出されている自分の動画へのアクセス数が伸びていくのを、快感とともに見ていた。この世で、動画配信のアクセス数以外に、正義などない。
 だが、ある時刻を境に、ぱたっとアクセス数の増加が止まった。それどころか、少しずつ下がっていく。
 もしや。
「はーい、ではここで十分間の休憩に入りまーす」
 男はそう言って、動画配信ソフトを停止させると、パソコンを操作し、現在アクセス数一位の動画を検索した。
 まじめぶちょー。
 その配信動画のタイトルは、『まじめぶちょー、死す』
 男はあわてて、その動画のサムネイルをクリックする。すると、たったいま、まじめぶちょーが首を吊ったところだった。
「やられた」
 思わず、声に出る。
 人気絶頂の動画配信者の自殺中継。これほどに視聴者の興味をそそるものが他にあろうか。
 男は動画配信を続ける気力もなくなり、ただ呆然とパソコンのモニタを見つめていた。そこにはぶらんぶらんと揺れるまじめぶちょーの首吊り死体。
 倫理的にどうこう言ったところで、この世界では無意味だ。この世に、動画配信のアクセス数以外の正義などないのだから。


『十月の終わり』【るうね→りきてっくす】

 十月の終わり、彼女に呼び出された。
「来月のバレンタインデーのことだけど」
 んん?
「え、来月って」
「来月、二月のバレンタインデーよ」
 いらいらしたように彼女が言う。生理だろうか。
「いや、いまは十月だろ」
「そうよ。だから来月は二月じゃない」
 なにを言っているのだろう。
 僕はそう思ったが、彼女はいたって真剣な様子だった。
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