第40話

文字数 1,151文字

「え、本当かい?」
「本当さ。大の男が三百万くらいのはした金で狼狽えるんじゃないよ、みっともないねえ。あ、ちょっと待ちな、今お父さんに替わるから」
「え、あ、うん……」
「おう雄介か、どうじゃ、元気にやっとるんなら?」
「あ、父さん。ひ、ひさしぶり。今回は迷惑かけちゃってごめんよ」
「なあに、気にすることはありゃせんよ。若いうちは色々あるもんじゃ。わしなんか駆け出しのころ鉄火場で二千万すっ飛ばしてのう、おかげでこのとおり今でも左手の指が不自由じゃ。わっはっは」
「……指」
「ところで雄介、ものは相談なんじゃが、三百万融通する代わりに、こんな、こっちへきて家業を継がんかい。わしもこの歳じゃ、そろそろ跡目のことはっきりさせといたほうがええ思うてよう」
「あの、家業って……もしかして」
「まあ順当にいけば、若衆頭の市松に継がせるいうのが筋なんじゃろうが、アレには殺人の前科があるけえ、立たせるわけにいかんのよ。組継ぐとなりゃフロント企業のトップも務めにゃならんけえのう。社長がヒトゴロシいうんじゃ体裁が悪いわい。かというて他のやつに継がせるのも、なんや渡世の筋が立たんし、ここはひとつ実子であるこんなが継いでくれたら、どこへも波風立てず、万事丸くおさまるんじゃがのう……」
「……」
「それによう、襲名披露となりゃ、全国の親分衆から百万だ二百万だいうてご祝儀もえっと集まるし、客人集めて賭場も開帳するからゼニがなんぼでも転がり込んでくるんじゃ。のう、貧乏会社の損失補填で実家へ泣きついとるようじゃ、こんなも男が立たんじゃろう。ここは腹くくって極道継がんかい」
「……父さん、俺、お金は自分でなんとかするよ」
「おいおい、なに言うとるんなら、三百万ならすぐ振り込んでやる言うとるじゃろうが」
「いや、もういいんだ。じゃあねっ!」
「おい雄介、ちょっと待たんかい……あっ電話切りよった。まったく最近の若いもんいうたら、どいつもこいつも……」



『言いわけ』【りきてっくす→るうね】

 深更からふりだした雪が一夜にして京の街を白一色に塗り変えていた。
 東寺の五重の塔がその宝珠に戴いた雪を朝日に輝かせている。商家の店先では丁稚の小僧がかじかんだ手に息を吹きかけ箒を使っている。
「さて困ったぞ――」
 新撰組の平隊士馬越三郎は、先ほどから暗鬱な表情で雪を踏みしめていた。
 なじみの料亭で酒を過ごすうち、つい朝を迎えてしまったのだ。今日は非番なので隊務はないが、外泊する場合は事前に屯所へ届け出なければならない。それでなくとも局長の近藤勇から隊の風紀の引き締めをきつく命じられたばかりである。もし無断外泊したことが監察にバレたりしたら、どのような重い処分を受けることになるか……。
「ううむ、なんとか良い言いわけをひねり出さねば、この身が危ういぞ」
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