第94話

文字数 1,021文字

「こんなところにダイヤルがついてるわ」
「本当だ、ちょっと回してみようか」
「ヤメなさいよ。持ち主に叱られるわよ」
「平気だよ。もし見つかったらすぐ逃げればいいさ」
「もう、いたずら好きなんだから」
「いいかい、回すよ」
「あっ」
「あっ」
「すごい、門松がクリスマスツリーになったわ」
「どういう仕組みなんだろう」
「きっと偉い科学者か、著名な発明家が造ったに違いないわ」
「もっと回してみたらどうなるだろうね」
「元の門松に戻るんじゃない?」
「試しにやってみよう」
「あっ」
「今度はハロウィーンのカボチャになったね」
「なんか興味が出てきたわ。もっと回してみましょうよ」
「がぜん乗り気になってきたじゃないか。それじゃいくよ」
「あっ、十五夜の月見飾り」
「もう一丁」
「今度は、七夕の短冊と吹き流しね」
「あらよっと」
「五月人形」
「お次はこれだ」
「雛壇」
「そして」
「とうとう、元の門松へ戻ってしまったわ。一年間の行事を、逆回りで一周してしまったのね」
「でも、さっきの門松とは雰囲気が違うなあ。ほら、デザインがどこか昭和っぽいだろう」
「本当ね。前のは竹がプラスチックだったけれど、こっちは本物の竹を使っているし」
「他のはどうだろう?」
「クリスマスツリーも見てみましょう」
「えい」
「なんだかやっぱり古臭いわね。電飾もLEDじゃなくて豆電球を使っているし」
「面白いから、じゃんじゃん回してみよう」
「すごい。どの飾りもデザインがどんどん古くなってる。まるで博物館にいるような気分だわ」
「こういう物もファッションと一緒で、その時代の流行りみたいなものがあるんだね」
「ダイヤルを回せば回すほど時代を遡ってる。一種のタイムマシンみたいなものかしら」
「ハアハア……もう疲れたよ。この辺でヤメておかないか?」
「……」
「……」
「私たちって、銀座の目抜き通りにいたのよね」
「だね」
「なんで路面電車が走ってるの?」
「さあ?」
「まわりが低層の建物ばっかりよ。ほら見て、和光のビルが一番背が高いもの」
「しかも名前が、服部時計店になってるしね」
「ねえ、もしかして私たちって……」
「うん……」




『マカ』【りきてっくす→るうね】

 連日の残業でへとへとになりながら帰宅すると、めずらしく妻が玄関まで出迎えてくれた。見れば、かなりきわどいミニスカートをはいている。これは今晩して欲しいのサインで、無視すると後でとんでもない事になる。おれは玄関で靴を脱ぎながら、なんとかこのピンチを乗り切る手立てがないか考えてみた。
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