第16話

文字数 2,054文字

「にしても、なんだよこのちんこ。先っちょ皮かぶってるし、ちょっと臭えぞ」
 見れば見るほど腹立たしくなり、俺はとうとう頭にきて、ちんこをぶん投げようとした。すると、か細い声が聞こえた。
「投げちゃダメ~」
「え、ちんこがしゃべった?」
「はじめまして。ぼく、ちんこの妖精です」
「なにそれ?」
 妖精はぴーんとボッキして、えっへんと胸を張った。
「あのですね、長年童貞を守りつづけた清いちんこは、やがて妖精に生まれ変わるのです」
「童貞って……おまえをスった相手、見た目もういい歳だったぞ」
「そうです、苦節48年。そのあいだ女のひとと手をつないだこともなく、最近ではとうとうレベル1の白魔法が使えるようになりました」
「……魔法使いかよ」
 俺は、うへえと言った。
「なんかキモいから、とっとと持ち主のところへ帰ってくれないかな」
「無理ですよ~、ぼく住所知りませんし、てゆうか全部あなたの責任なんですから、ちゃんとぼくを家まで送り届けてください」
「ちぇ、やっかいなもんスッちまったな」
 俺は仕方なく、妖精を近くの交番へ持って行った。
「あの、こいつ迷子なんですけど……」
 妖精を見せたとたん、きさま本官をからかう気かーっと怒鳴られた。そそくさと退散する。
「だめだ、取りつく島もねえ」
「天才バカボンに出てくる警官みたいなひとでしたね」
「それよりどうする? 住所が調べられないんじゃ、もとの持ち主へ返しようがないぞ」
 妖精は、うーっと考え込んだ。
「そうだ、あなたスリの達人なんですよね?」
「うん、まあな」
「じゃあその腕を見込んで頼みがあります。女のひとから、まんこをスってきてください」
「はあ? なんだそりゃ」
「女性はスカートはくから、ちんこスるより簡単でしょ?」
「いやいやいや無理だろ、そんなの」
「あれれ、ちんこはスれても、まんこはスれないというのですか?」
 妖精は先っちょを赤くして怒った。
「それって男性差別ですよね? ちん権侵害です」
「いやそうじゃなくって、ちんこは外に飛び出してるけど、まんこはそもそも手でつかめないだろ」
「たまにドテマンのひとも見かけますけど」
「そういうレベルの問題じゃない。だいいち、まんこなんかスってきてどうすんだ?」
「ぼくと合体させると良いことが起きす」
「どんな?」
「子供ができます」
「アホかっ」
 俺はだんだん面倒くさくなり、ゴミ集積所にある防鳥用ネットのうえに妖精を放置して帰ろうとした。とたんに妖精が騒ぎだす。
「このひとちんこを不法投棄しようとしてますよ~。梅毒のちんこです。地域が汚染されちゃいますよ~っ!」
「バカ、大声出すな。てかおまえ梅毒持ちだったのかよ」
「そんなわけないでしょう、童貞なのに」
「うう、ひとをおちょくりやがって……」
 とうとう堪忍ぶくろの尾が切れた俺は「猛犬注意!」と書かれた看板めがけて、えいっと妖精を放り投げた。
「なにするんです。わーっ」
 妖精は看板に激突し、ぽてっと犬小屋のまえに落ちた。すぐにバカでかいピットブルが顔を出して、くんくんにおいを嗅ぎはじめる。
「ひい、助けて、食われる……」
 妖精はなんとか逃れようとするが、前足でつかんで離さない。やがてブルは嬉しそうにワンッと吠えると、妖精をくわえて小屋のなかへ消えていった。断末魔の悲鳴がフェードアウトしながら遠ざかってゆく。
「ち~ん~こ~ご~ろ~し~」
 俺は目を閉じて合掌した。
「成仏しろよ……」

 一年後、インターホンが鳴ったのでドアを開けてみると、だれもいなかった。
「なんだ、いたずらかよ」
 頭にきて引っ込もうとすると、足もとで声がした。
「ここです、ここ」
 見ると玄関のまえに、例の妖精がぴーんとボッキしていた。
「わっ、おまえ生きてたのか」
「ずいぶんと探しましたよ~」
 妖精は先っちょの皮をむいて二ヒヒと笑った。そのかたわらには小さな妖精たちがうねうねと這い回っている。
「なんだこのミニちんこは?」
「ぼくの子供たちです。じつはあのピットブル、メスだったんですよね~」
「じゃあ、おまえまさか……」
 ものすごい場面を想像して思わず戦慄した。小さな妖精たちは、口々に「わん、わん」と鳴きながら俺の足へじゃれついてくる。妖精はえへへ~と照れくさそうに笑いなが言った。
「あとからカミさんもやって来ますんで、立派な犬小屋を用意しておいてくださいね」
「ひえ、じょうだんじゃない」
 俺はこの日、もう二度とスリなんかしないと固く心に誓った。


『サイゴウどん』【りきてっくす→るうね】

 クラスメイトが付けるあだ名ってどうしてこんなにキャラクターの個性を的確に捉えているんだろう、と北條夏子はつくづく思う。
 サイゴウどん
 それが彼のあだ名。
 先月のはじめ鹿児島県にある高校から転校してきた。
「こんちゃらごァす!」
 今日も彼は元気に登校してくる。
 そしてまたドタバタな一日がはじまるのだ。
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