第39話

文字数 621文字

 ある日、土方が沖田の部屋に行くと、沖田は何やら書き物をしていた。横には、風呂敷包みが置かれている。
「なんだ、総司。写経かい」
「ああ、どうも、土方さん」
 文机から顔を上げ、沖田が言う。
「どうしたい。いきなり信心にでも目覚めたか」
「いえ、隊士の杉山に勧められたのですよ。心を落ち着けるのにいい、とね」
 で、どうしたんです、土方さん、と沖田が尋ねた。
「ちょうど名前が出た、その杉山の件なんだがな」
 渋面を作って土方が言った。
「監察の山崎から報告があった。どうやら、長州方に通じているらしい」
「へえ」
 土方の言葉を聞いても、沖田は穏やかな表情を崩さない。
「驚かんのか」
「僕も、その報告は受けていましたから」
「ふむ。それなら話が早ぇ。さっそく、今夜にでも粛清を……」
「必要ありませんよ」
 沖田が穏やかな表情のまま、言う。
 土方は訝しげな顔で、
「どういうことだ」
「もう済ませました」
 そう言って、沖田は、傍らの風呂敷包みをぽんぽん、と叩いた。その大きさは、ちょうど人の頭がすっぽり入るくらいである。
 言葉もない土方をよそに、沖田は筆を放り出した。
「やっぱり僕には向かないなぁ、この写経というやつは」



『詐欺』【るうね→りきてっくす】


「母さん、俺だよ、俺」
「おや、雄介かい?」
「そうそう、雄介だよ」
「どうしたんだい、いきなり」
「実は俺のミスで会社に損害を与えちゃってさ。三百万ほど必要になったんだ、悪いけど……」
「あらまあ、大変。すぐにお金を用意するわね」
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