第104話 ケース4 姿見えぬ殺人鬼⑫

文字数 1,349文字

 来世は、伊藤を押しのけ、外へ飛び出た。

 そこには、恐怖におびえる里香と瞳、そしてその二人に相対する山内の姿があった。

「何があった?」

「あ、来世さん。突然山内さんが、瞳さんに抱きついてきたんです」

「抱きついたとは大げさだ。お嬢さん、俺はただ瞳と肩を組んだだけだぜ?」

 来世は、山内と二人を隔てる位置に体を差し込むと、低い声で問いかけた。

「一体、どういうつもりですか?」

「ど、どうって別に? ブルーな気分になってるだろうから励ましただけだって。スキンシップスキンシップ」

 来世は、チラリと瞳を見る。彼女の顔は蒼白になり、体はわずかに震えていた。

「瞳さん、大丈夫ですか?」

「え? ええ。その、殺されると思ってびっくりしちゃって」

「フハ! ハハハ」

 腹を抱えて山内は笑う。

 ――しばし、風の音に混じって男の笑い声だけが辺りに響いた。

「あー、そうか。じゃあ、悪かった。そんなつもりはなかった。ここにいると迷惑でしょうし、部屋に戻りますわ」

 投げやりにそう呟いた山内は、背を向けて足早に去っていった。

 来世は舌打ちをして遠ざかっていく背を睨みつけると、できるだけ柔らかな声で言った。

「建物の外も調べてから、部屋に戻るとしましょう。何か見つかるかもしれませんからね。里香、瞳さんを支えてやれ」

「は、はい」

「それでは、伊藤さん。僕たちはもう少々辺りを調べさせてもらいます」

「あ、そうですか。皆さん、気を付けてくださいね。犯人がどこにいるのか分かりませんから。私は部屋に戻っていますから、何かあればお知らせください」

 来世は伊藤に頭を上げ、歩き出す。

 空は来世たちの気分とは裏腹に、さっぱりとした晴れ空を見せている。

 二羽の黄色い小鳥が、海風に乗って山の方へと去っていくのを、里香が羨ましそうに視線で追いかけた。

「ちょっと失礼」

 来世は、西城の眠る四号館に再び入っていくと、すぐに戻ってきた。

「来世さん?」

 里香が話しかけても彼はしばし反応を示さなかったが、「あ、瞳さん。すみませんが、少々里香を借りますね」と発言し、瞳を四号館付近に残して崖の外周部分に移動した。

 そこは海風が強く、足元のわずか数センチ先は、死へ誘われるには十分な高さの崖下が覗いている。

 里香は不安そうに来世の腕を掴み、岩に衝突しては散っていく水しぶきを引きつった顔で眺めた。

「ら、来世さん、何ですか? ほんと怖くて死にそうなんですが」

「気にするな」

「ええー? はあ、で、私に何の用ですか? 瞳さんを遠ざけたってことは、魔眼で何か情報を掴んだんですか」

「ほう、ちょっとは助手らしくなったじゃないか」

「え、へへへ。でしょ、もっと褒めても良いんですよ?」

「図に乗るな、ポンコツ。ポンコツが少しマシになってもポンコツのままだからな」

「ひっど!」

 来世は、崖下を覗き込みつつ、風の音に紛れても何とか聞き取れる程度の小声で言った。

「里香、お前にちょっと頼みがある」

「頼みですか?」

 来世は小首をかしげる里香に頷くと、顔を近づけてヒソヒソと指示を出す。

「え、はあ? 変な指示ですね」

「良いから絶対に言われた通りにしろ。上手くすりゃ、事態が進展するぞ」

 里香の目が、大きく見開かれる。

「へ、何ていう顔してんだよ」

 来世は、犬歯を覗かせる獰猛な笑みを浮かべた。
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