第112話 ケース4 姿見えぬ殺人鬼⑳
文字数 1,732文字
「はあ、はあ、何故だ。何故俺を殺さない? ……ああ? その女、正気に戻ってるのか? 馬鹿な俺の魔眼が破られるなど」
「ほう、そんな状態でもまだ喋れるのか。フ、フハハ」
「笑うな、笑うんじゃねえよ。俺を、俺を見下すな」
来世は、腹の底から笑い声を上げる。
「笑いたくもなる。お前は、俺にしてやられたと思っているだろう。だが、違うな。お前は、俺にじゃない。里香に足を引っ張られたのさ」
「……?」
「分からないか? お前の当初の予定では、俺と瞳さんの二人が参加する予定だった。……これだけの計画を実行できたお前のことだ、俺が里香を極力危険な依頼には参加させないことを知っていたんだろう? 実際に俺は今回里香を参加させるつもりはなかったし、お前もそのつもりで計画を立てたはずだ。しかし、勝手についてきた里香のせいで、瞳さんと里香が同室になった。これはお前にとって誤算だったんだろう?
俺たちのいた五号館とお前の六号館は隣あっており、瞳さんの部屋は六号館に近かった。そのような配置にすることでお前はスマホが使えない環境下でも、容易に瞳さんと連絡を取り合うつもりだったんだろう。だが、里香がいることで、お前は大っぴらに瞳さんと連絡し合うことが難しくなった。だから、壁に石をぶつけて合図を送ることにした」
里香が、アッと声を出した。
「そう里香、お前が聞いた妙な音ってのは、こいつが瞳さんに合図を送る音だったんだ。恐らくは、殺人決行の命令だな。里香は偶然、その合図を聞き俺に報告をした。
報告を聞いた俺は、伊藤が怪しいという想いが強まった。音が鳴った位置からして、伊藤、貴様が鳴らしたと考えるのが一番自然だからだ。伊藤、お前の敗因は自らの慢心によるものだ。里香を軽視し、完全犯罪ができる環境下でありながらそうしなかった」
来世は一度言葉を切り、伊藤に歩み寄る。
伊藤が、歯を剥き出しに唸る。その目は悔しげで苛立たしそうで……。
来世は、氷と見まがうほどの冷ややかな瞳で伊藤を見下ろした。
「小物が」
来世は伊藤の頭を踏みつける。
「来世、来世おおおおお」
「お前はこのまま警察に引き渡す。自衛隊から爆弾を盗み、悲惨な事件を引き起こした悪魔がどうなるのか見ものだな。いいか、覚えておけ。お前が真っ当な裁きを受けられるのは、ここにいる里香のおかげだ。せいぜい感謝するんだな」
「こわ」
里香はボソリと呟いた。
来世は「うるせえ」と文句を言い、スマホを取り出すと「1、1、0」を入力する。
「う」
「あれ、どうしたんだっけ?」
正気に戻った山内と吉川が、キョロキョロと周りを見渡す。
今日の風はゆったりとしているようだ。ふわりと風が吹き、潮の匂いが鼻を掠める。
来世はスマホを切り、長く細く息を吐いた。
「ん?」
伊藤が、来世の足を掴む。
(最後の悪あがきか? 大したことはできまい。……待て、自力で魔眼を跳ねのけた里香はともかく、山内と吉川の二人がなぜ正気に戻っている。まさか)
来世は足に力を入れようとする。が、タッチの差で伊藤の方が早かった。
「んあああ」
伊藤は来世の足を手で弾くと、転がるように崖の方へ走っていく。
無駄なあがきだ。
伊藤の体はまともに動けるような状態ではない。右足は折れ、左足一本でどうにか前に進んでいる。
「止まれ。無駄なことはするな」
「ぜえ、ぜえ、ぜえ」
伊藤は、崖の端まで移動すると、来世の方へ振り返った。
吹く風は緩やかだが、その風にさえ飛ばされそうなほど伊藤の体は揺れ動き、ひどく不安定である。
「ああ、来世。認めよう。今日はお前の勝ちだ」
「今日で終わりだ。お前は、今後俺の人生には登場しない」
「いいや、まだだよ。キヒ、終わりになんてしない。次はもっと楽しく遊ぼう」
「嘘だろ」
伊藤は、海に向かって飛び降りた。
海と言えど、百メートルの高さから落下すれば無事では済まない。
来世は、大急ぎで崖から海を見下ろした。
激しい波が、海面から顔を覗かせている岩にぶつかり水しぶきを上げている。
しかし、伊藤の姿はどこにも見えない。
「クソ」
来世は、自らの額に拳を叩きつけた。
うかつだった……そう嘆いても遅い。
まるで来世に別れを告げるように、ひときわ大きな波が岩にぶつかり、音を鳴らした。
「ほう、そんな状態でもまだ喋れるのか。フ、フハハ」
「笑うな、笑うんじゃねえよ。俺を、俺を見下すな」
来世は、腹の底から笑い声を上げる。
「笑いたくもなる。お前は、俺にしてやられたと思っているだろう。だが、違うな。お前は、俺にじゃない。里香に足を引っ張られたのさ」
「……?」
「分からないか? お前の当初の予定では、俺と瞳さんの二人が参加する予定だった。……これだけの計画を実行できたお前のことだ、俺が里香を極力危険な依頼には参加させないことを知っていたんだろう? 実際に俺は今回里香を参加させるつもりはなかったし、お前もそのつもりで計画を立てたはずだ。しかし、勝手についてきた里香のせいで、瞳さんと里香が同室になった。これはお前にとって誤算だったんだろう?
俺たちのいた五号館とお前の六号館は隣あっており、瞳さんの部屋は六号館に近かった。そのような配置にすることでお前はスマホが使えない環境下でも、容易に瞳さんと連絡を取り合うつもりだったんだろう。だが、里香がいることで、お前は大っぴらに瞳さんと連絡し合うことが難しくなった。だから、壁に石をぶつけて合図を送ることにした」
里香が、アッと声を出した。
「そう里香、お前が聞いた妙な音ってのは、こいつが瞳さんに合図を送る音だったんだ。恐らくは、殺人決行の命令だな。里香は偶然、その合図を聞き俺に報告をした。
報告を聞いた俺は、伊藤が怪しいという想いが強まった。音が鳴った位置からして、伊藤、貴様が鳴らしたと考えるのが一番自然だからだ。伊藤、お前の敗因は自らの慢心によるものだ。里香を軽視し、完全犯罪ができる環境下でありながらそうしなかった」
来世は一度言葉を切り、伊藤に歩み寄る。
伊藤が、歯を剥き出しに唸る。その目は悔しげで苛立たしそうで……。
来世は、氷と見まがうほどの冷ややかな瞳で伊藤を見下ろした。
「小物が」
来世は伊藤の頭を踏みつける。
「来世、来世おおおおお」
「お前はこのまま警察に引き渡す。自衛隊から爆弾を盗み、悲惨な事件を引き起こした悪魔がどうなるのか見ものだな。いいか、覚えておけ。お前が真っ当な裁きを受けられるのは、ここにいる里香のおかげだ。せいぜい感謝するんだな」
「こわ」
里香はボソリと呟いた。
来世は「うるせえ」と文句を言い、スマホを取り出すと「1、1、0」を入力する。
「う」
「あれ、どうしたんだっけ?」
正気に戻った山内と吉川が、キョロキョロと周りを見渡す。
今日の風はゆったりとしているようだ。ふわりと風が吹き、潮の匂いが鼻を掠める。
来世はスマホを切り、長く細く息を吐いた。
「ん?」
伊藤が、来世の足を掴む。
(最後の悪あがきか? 大したことはできまい。……待て、自力で魔眼を跳ねのけた里香はともかく、山内と吉川の二人がなぜ正気に戻っている。まさか)
来世は足に力を入れようとする。が、タッチの差で伊藤の方が早かった。
「んあああ」
伊藤は来世の足を手で弾くと、転がるように崖の方へ走っていく。
無駄なあがきだ。
伊藤の体はまともに動けるような状態ではない。右足は折れ、左足一本でどうにか前に進んでいる。
「止まれ。無駄なことはするな」
「ぜえ、ぜえ、ぜえ」
伊藤は、崖の端まで移動すると、来世の方へ振り返った。
吹く風は緩やかだが、その風にさえ飛ばされそうなほど伊藤の体は揺れ動き、ひどく不安定である。
「ああ、来世。認めよう。今日はお前の勝ちだ」
「今日で終わりだ。お前は、今後俺の人生には登場しない」
「いいや、まだだよ。キヒ、終わりになんてしない。次はもっと楽しく遊ぼう」
「嘘だろ」
伊藤は、海に向かって飛び降りた。
海と言えど、百メートルの高さから落下すれば無事では済まない。
来世は、大急ぎで崖から海を見下ろした。
激しい波が、海面から顔を覗かせている岩にぶつかり水しぶきを上げている。
しかし、伊藤の姿はどこにも見えない。
「クソ」
来世は、自らの額に拳を叩きつけた。
うかつだった……そう嘆いても遅い。
まるで来世に別れを告げるように、ひときわ大きな波が岩にぶつかり、音を鳴らした。