第95話 ケース4 姿見えぬ殺人鬼③

文字数 2,021文字

 宴もたけなわといったタイミングで、来世たちは引き上げた。

 来世たちが割り当てられたのは、四号館と六号館に挟まる形である五号館だ。

 ペンションは入り口を開けると、すぐさまリビングとなっており、その奥にドアが左右に並んでいる。奥の二つのドアは、ベッドと小さな丸テーブル、クローゼットがあるだけの質素な寝室の入り口だ。

 来世は左の寝室、里香と瞳は右の寝室を使っている。

「まだ眠るには早い時間です。ひとまず今後の行動について話し合いましょう」

 来世は、リビングの中央にある四角い安物のテーブルを指差すと、瞳を先に席へ着かせてから着席した。

「来世さん、瞳さんを脅迫した人はこの場にいるんでしょうか?」

 里香の質問に、来世は頷く。

「ま、いると考えるのが自然だろうな。目的は不明だが、瞳さんがターゲットである以上、彼女が来たことを確認したいだろうさ。もちろん、犯人が単独犯でない可能性もあるから、絶対に主犯格がこの場にいるとは限らないが」

「あ、あの、来世さんは誰が怪しいとお考えでしょうか? 私は、誰もが怪しく思えてしまって。……駄目ですね。しっかりしないといけないのに、全然冷静になれません」

 がっくりと瞳は肩を落とす。

 彼女の顔は、ずっと青白いままだ。

 無理もないだろう。恐ろしい人物が自分を狙っている状況下で冷静になれる者など、歴戦の兵士でもない限り無理な話だ。

 来世は席から立ち上がると、キッチンへと近づいた。簡易的な設備だが、最低限の調理は行えるようになっている。来世はヤカンに水を入れて火にかけた。

「冷静になれってほうが無理でしょう。そう落ち込むこともありません。むしろ、ご両親のために危険を冒してここへ訪れたあなたは勇気がある。そこは、誇っても良いのでは?」

 瞳は、唇をギュッと引き結ぶと、目に涙を湛えながらぎこちなく頷いた。

「ともかく、現段階では誰が犯人かは特定できません。今後は犯人の正体と目的を探りつつ、身の安全の確保に専念しましょう。

 瞳さんと里香は、ここに留まり誰が来ても中へ入れないようにしてください。私もなるべくこの建物から動かないようにしますが、探りを入れるためにはある程度外出しなければならない」

 甲高い音が鳴る。お湯が沸いたのだ。

 来世は、火を止めて人数分のコップにお湯を注ぎ、瞳と里香の前に置いた。

 瞳は頭を下げてから、口へ含んだ。甘みと豊潤な香りが染みるようだ。瞳はただのお湯だと思っていたが、来世は顆粒タイプの紅茶を淹れていた。

「暖かい。……フフ、来世さんは随分女性の扱いに慣れてらっしゃるのね。私、こんな仕事をしているから、何となく分かっちゃうんですよ。今まで散々女の子を泣かせてきたんじゃありませんか?」

「フン、とんでもない。あいにくそれは深読みのし過ぎです。私はご覧の通りまともな生き方をしていませんから、怪しがって誰も寄り付きませんよ」

「ご謙遜を。むしろ女性はミステリアスな男性にこそ惹かれるというのもありますよ。……ねえ、里香ちゃん。そうは思わない?」

 里香は、口に含んだ紅茶を噴き出した。

「うわ、汚ねえ!」

「ゲホゲホ、クフ。な、なにを、じゃ、じゃなくて。そうかもしれませんね。そんな人もいるらしいです。あ、私は違いますよ。うん」

「アハハ、そう、違うんだ。私は、結構好きだけどな」

 里香は、「え?」と乾いた声を発した。

 瞳は里香の視線を、柔らかな笑みで躱し、再び紅茶を口に含んだ。その顔はひどく無機質で、里香には、どんな感情を瞳が内に秘めているのかまるで見当もつかなかった。

 ――コンコン。

 ビクリ、と瞳の肩が揺れ動く。

 来世は、リビングのテーブル裏にあらかじめ隠しておいたナイフを取り出すと、自身の背中に隠してからドアを開けた。

「こんばんは」

 そこには、涼やかな瞳で笑いかける伊藤の姿があった。

「本格的に暑さが近づいているとはいえ、山は冷え込みます。ここは海風もある場所ですから、毛布をもってきました。今夜はこちらも使って、体を冷やさぬようにご注意ください」

 伊藤は、背後の台車に積まれている毛布を持ち上げ、来世に手渡した。

「これはこれはご丁寧に。この調子ですと、食事会はお開きになりましたか」

「ええ、皆様満足してくださったようで何よりです。山内様と西城様はこれから一緒にお部屋でお酒を嗜むようですので、毛布を配り終えたらつまみを作って届けなければなりません」

「おや、そんなことまで対応なさるのですか? お忙しいようだ」

「いえいえ、とんでもございません。皆様に快適な環境を提供するのが私の仕事ですから。やりがいがあります」

「やりがいですか。良いですね。仕事に対してそんな気持ちを抱けるのは素晴らしいことです」

 伊藤は、はにかんだ笑顔になった。

「お褒めの言葉、ありがとうございます。では、私はこれで」

 伊藤が、台車の手すりを掴み、歩き出そうとした。

 ――しかし、その瞬間、身がすくむほどの爆発音が響いた。
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