第11話 ケース1 女子高校生失踪事件⑩

文字数 1,833文字

「痛ってえな。ちょっとは遠慮できんのかね」

「来世さん、私、ごめんなさい」

 頭を下げる。後悔、罪悪感とか、重たらしい気持ちで心がいっぱいで、それは涙になって私の瞳から零れ落ちる。もう、情けないったら。

 ――トン、と何の前置きもなく頭の上に重さを、次に暖かさを感じた。

「大丈夫だ。これくらいの怪我なら、全然動ける。それよりも、この状況を打破することに、頭を使うのが先決だ」

 顔を上げると、来世さんの手が私の頭の上に置かれているのが見えた。なんだ、慰めてくれたのか、嬉しいな。……え、は? ええ!

「どうして、手錠は」

「ああ、服の袖に忍ばせていたこいつで外した」

 彼の指が、小さな針金状のものを掴んでいる。まるで、怪盗みたいだ。

 びっくり仰天、という意思を込めて彼を見るが、どうでも良いとばかり視線をそらし、スタスタと来世さんは窓へ近づく。

 音を立てないように彼は、静かに窓を開けた。その瞬間、緩やかな風が私の頬を撫でた。

「うん、脱出しよう。お前は、この窓から下に降りて、警察を呼びに行け。露出配管が窓の傍にあるから、なんとか降りられるはずだ。

 俺はここに残る。さっきの口ぶりから察するに、少女たちは外国に売りへ出されるかもしれない。あまり時間はなさそうだ」

「え、そんな。だったら、私も残ります」

「残るだと? 危険だ、遊びじゃないんだぞ」

 来世さんの口調はとても静かだったが、目を見て身体がぶるりと震えた。

 冷ややかなようで、奥底に熱を感じるような瞳。その瞳は、私がここに残ることを明確に否定していた。けど、私だって、

「私も遊びのつもりはありませんから。どうやってもここに残って、冷夏を助けます」

 私の視線と彼の視線がつながる。時代劇の鍔迫り合いみたいで、激しい。思わず視線をそらしたくなるけど、退けない。冷夏を知らないこの人が、冷夏を知る私の気持ちまでわかるものか。

「……ふう、馬鹿は状況を把握する能力がないから嫌いだ」

「な、それはどういう……」

 ゴロン、と私の身体が転がされ、畳に頬が押さえつけられた。

「ちょ、まさか、変態、エッチ」

「違う、黙ってろ」

 あ、突然締め付けられていた感じが消え、身体が自由に動くようになった。恐る恐る立ち上がり、地面と正面を見て納得した。

 彼がどこに隠し持っていたのか、大きなナイフで私を縛っていた縄を両断したのだ。

「あいつらが、ボディーチェックすらしない間抜けで助かった。さて、状況を整理する必要があるな」

 と、言うなり来世さんは、壁際まで歩き耳をピタリと壁にあてた。まだ縄に縛られているような、窮屈な感覚がする身体を動かして、私も壁に耳を当ててみる。

 けっこう壁は薄いみたいで、はっきりと声が聞こえた。

「……間違いない。今夜あたり、どこかに連れていかれるようだな」

「そうみたいですね。船って言っているから、港に行くんでしょうか?」

「ああ、ここらで港と言えば、開国湾だろう。しかし、厄介だな。あの様子だと、洗脳されている可能性が高い」

 洗脳、という響きに、スウーと血の気が引く。まさか、冷夏もそうなのだろうか?

 んーでも、あんな変なセリフで洗脳なんてされるのかな? あ、もしかして冷夏のスマホに送られてきたあの画像の中に、洗脳する何かがあったのかも。テレビでそんな感じのを見たことがある。

 私が、すぐさまそのことを言うと、来世さんは首を振った。

「いや、あの画像だけで洗脳することはできない」

「え、でも。ほら、サ、サブなんたら効果とか使ったんじゃないんですか?」

「サブリミナル効果。無意識下に働きかけることで起こりうる効果、と言われ洗脳にも使えると一部の人間は主張するらしいな。だが、サブリミナル効果は科学的な根拠に乏しいとされる。

 もちろん、乏しいからといって全く影響がないとは断言できないが……、おそらく今回に限って言えば、あの画像はキッカケに過ぎなかったのだろう」

 どういうことだろう。もっと詳しく、え! 誰か来る。

「おう、お前らの身体をチェックするの忘れてたぜ。へへ、ちょっと味見、グヘ!」

 あ、ゴリラ顔のオジサンが、ドアを開けるなり来世さんに鳩尾を殴られた。

 ぐったりと来世さんに抱えられた彼は、私を縛っていた縄で手と足を縛られる。な、なんていう手際の良さだろう。
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