第12話 ケース1 女子高校生失踪事件⑪
文字数 1,993文字
「まずいな。すぐにでも行動を起こさなければならない。こいつが戻ってこないのを知った他の仲間が駆けつけてくるかもしれん。……幸い、教主様もどきは、部屋を出るようだ」
ギィ、ギィと廊下から足音が聞こえた。バクバクと心臓が痛いよ。み、見つかったらどうしよう。また、殴るのかな? と、思ったけど、そうじゃないみたい。
私たちの部屋の前を通り過ぎ、足音は階段のあたりへ消えていった。
「……ふう、降りて行ったようだな。チャンスだ、行くぞ」
頷き、彼の後に続き部屋を出る。
廊下の左は、一階に続く階段がある。目的の場所は右手の奥にある部屋だ。
そろそろ、と足音を立てずに歩くが、建物が古いのだろう。時折軋む音が鳴って、そのたびに私の心臓は跳ねた。
来世さんは、そんな私の心境など知る由もなく、隣の部屋のドアを音もなく開けた。
「……拘束もされていないだと? そこまで洗脳が進んでいるのか」
彼の背中ごしに部屋を見て、驚いた。洋風の部屋には、様々な学校の制服を着た少女たちが大勢いる。
私は部屋に入り、一人ひとりの顔を流し見る。……違う、この人も違う。どこ、どこに。
――あ!
「冷夏! 良かった、無事なんだね」
近寄って彼女の華奢な肩を掴んだ。ジワ、と暖かな感触が手のひらに伝わって、彼女が生きているのだと実感できた。……でも、顔を見たとたん、足場が崩れたような不安が、私を襲う。
活発で、大きな目がくりくりと動くのが、可愛らしい女の子なのだ。けど、目の前にいる彼女は、魂が抜けたように宙を見つめるだけで、何の反応も私に返してくれない。
「……厄介だな。洗脳を解くには、専門のカウンセラーや家族の助けを借りる必要がある。この場ですぐに解けないだろう」
「そんな、どうすれば良いんですか? せっかく見つけたのに」
「この様子だと、彼女たちは自分の意思で外には出ようとしないだろう。強引に連れ出そうにも、あいつらの目を盗んで移動するのは難しい。ひとまず無事は確認できたんだ。
当初の予定通り、警察を呼び、到着するまで隠れておくぞ。……ん? おい、何をしている!」
少女の一人が、ドアを開け、
「教主様、ここに我らを脅かす悪魔がおります」
と叫んだ。
うわわ、沢山の足跡が近づいてくる。
「来世さん、どうしたら」
「ドアを閉めて、家具で蓋をする。どけ」
いまだに叫び続けている少女をドアから引きはがした来世さんは、ドアのカギを締め、重そうな洋服タンスをドアの前まで移動させた。
「おら、開けろ」
ドアが叩かれる。来世さんは、洋服タンスにもたれて、テーブルを指差した。
「早く持ってこい。お前の力でも動かせるはずだ」
「は、はい」
少女たちを押しのけて、丸形のテーブルを掴む。お、重いけど、どうにかなりそう。
必死に、足に力を入れて、引きずる。
――静まりなさい。
荒々しい展開に、まるでふさわしくない穏やかな声が、ドアの外から聞こえてきた。
この声は、さっき幸福の精霊がどうのこうのと言っていた女の声だ。女は、一人だけ違う静かな世界に住んでいるように、落ち着いた調子で語りだした。
「選ばれし者よ。あなた方の世界を脅かす悪魔がそこに二人おります。幸福の精霊に出会うためには、悪魔がいてはいけない。さあ、ドアを開けるのです。後は、私たちが悪魔を処罰いたします。あなたたちは、ドアを開ける。それだけで良いのです」
……空気が変わった。あ、ああ、皆が怖い目で私を見ている。
「放せ、お前ら」
来世さんに大勢の女生徒が組み付き、タンスを移動させようとしている。
「やめて、開けたらみんな、どこかに連れていかれちゃうんだよ」
誰も聞いてはくれない。来世さんは、タンスからはがされ、私は壁に貼り付けられた。
……このままじゃ、扉が開けられてしまう。
「チィ、かけるしかないか。今回は、使わなくて済むと思ったんだがな。頼むから、良いやつきてくれよ」
祈るような、乱暴な声。その主たる来世さんは、目をつむり呟いた。
「我は契約に基づき、魔眼の使用を望む者。状況を打破できるものをよこせ」
はあ? 急に中二病なセリフ。目には目を、中二病には中二病をってやつ?
――よかろう。ただし、魔眼の能力は選べぬ。いつも通り、一つの依頼につき一つの魔眼を一時的に授けよう。
部屋が真っ暗になり、低い老人のような声が聞こえた。
すぐに明かりがついたが、その声がどこから聞こえたのか、そもそも誰が発した言葉なのか分からなかった。
「来世さん、今の声、誰――」
言葉が出てこない。なぜなら来世さんの瞳が青く輝いているからだ。淡く、綺麗な瞳。彼はその瞳で、部屋中の人間を眺めた。
ギィ、ギィと廊下から足音が聞こえた。バクバクと心臓が痛いよ。み、見つかったらどうしよう。また、殴るのかな? と、思ったけど、そうじゃないみたい。
私たちの部屋の前を通り過ぎ、足音は階段のあたりへ消えていった。
「……ふう、降りて行ったようだな。チャンスだ、行くぞ」
頷き、彼の後に続き部屋を出る。
廊下の左は、一階に続く階段がある。目的の場所は右手の奥にある部屋だ。
そろそろ、と足音を立てずに歩くが、建物が古いのだろう。時折軋む音が鳴って、そのたびに私の心臓は跳ねた。
来世さんは、そんな私の心境など知る由もなく、隣の部屋のドアを音もなく開けた。
「……拘束もされていないだと? そこまで洗脳が進んでいるのか」
彼の背中ごしに部屋を見て、驚いた。洋風の部屋には、様々な学校の制服を着た少女たちが大勢いる。
私は部屋に入り、一人ひとりの顔を流し見る。……違う、この人も違う。どこ、どこに。
――あ!
「冷夏! 良かった、無事なんだね」
近寄って彼女の華奢な肩を掴んだ。ジワ、と暖かな感触が手のひらに伝わって、彼女が生きているのだと実感できた。……でも、顔を見たとたん、足場が崩れたような不安が、私を襲う。
活発で、大きな目がくりくりと動くのが、可愛らしい女の子なのだ。けど、目の前にいる彼女は、魂が抜けたように宙を見つめるだけで、何の反応も私に返してくれない。
「……厄介だな。洗脳を解くには、専門のカウンセラーや家族の助けを借りる必要がある。この場ですぐに解けないだろう」
「そんな、どうすれば良いんですか? せっかく見つけたのに」
「この様子だと、彼女たちは自分の意思で外には出ようとしないだろう。強引に連れ出そうにも、あいつらの目を盗んで移動するのは難しい。ひとまず無事は確認できたんだ。
当初の予定通り、警察を呼び、到着するまで隠れておくぞ。……ん? おい、何をしている!」
少女の一人が、ドアを開け、
「教主様、ここに我らを脅かす悪魔がおります」
と叫んだ。
うわわ、沢山の足跡が近づいてくる。
「来世さん、どうしたら」
「ドアを閉めて、家具で蓋をする。どけ」
いまだに叫び続けている少女をドアから引きはがした来世さんは、ドアのカギを締め、重そうな洋服タンスをドアの前まで移動させた。
「おら、開けろ」
ドアが叩かれる。来世さんは、洋服タンスにもたれて、テーブルを指差した。
「早く持ってこい。お前の力でも動かせるはずだ」
「は、はい」
少女たちを押しのけて、丸形のテーブルを掴む。お、重いけど、どうにかなりそう。
必死に、足に力を入れて、引きずる。
――静まりなさい。
荒々しい展開に、まるでふさわしくない穏やかな声が、ドアの外から聞こえてきた。
この声は、さっき幸福の精霊がどうのこうのと言っていた女の声だ。女は、一人だけ違う静かな世界に住んでいるように、落ち着いた調子で語りだした。
「選ばれし者よ。あなた方の世界を脅かす悪魔がそこに二人おります。幸福の精霊に出会うためには、悪魔がいてはいけない。さあ、ドアを開けるのです。後は、私たちが悪魔を処罰いたします。あなたたちは、ドアを開ける。それだけで良いのです」
……空気が変わった。あ、ああ、皆が怖い目で私を見ている。
「放せ、お前ら」
来世さんに大勢の女生徒が組み付き、タンスを移動させようとしている。
「やめて、開けたらみんな、どこかに連れていかれちゃうんだよ」
誰も聞いてはくれない。来世さんは、タンスからはがされ、私は壁に貼り付けられた。
……このままじゃ、扉が開けられてしまう。
「チィ、かけるしかないか。今回は、使わなくて済むと思ったんだがな。頼むから、良いやつきてくれよ」
祈るような、乱暴な声。その主たる来世さんは、目をつむり呟いた。
「我は契約に基づき、魔眼の使用を望む者。状況を打破できるものをよこせ」
はあ? 急に中二病なセリフ。目には目を、中二病には中二病をってやつ?
――よかろう。ただし、魔眼の能力は選べぬ。いつも通り、一つの依頼につき一つの魔眼を一時的に授けよう。
部屋が真っ暗になり、低い老人のような声が聞こえた。
すぐに明かりがついたが、その声がどこから聞こえたのか、そもそも誰が発した言葉なのか分からなかった。
「来世さん、今の声、誰――」
言葉が出てこない。なぜなら来世さんの瞳が青く輝いているからだ。淡く、綺麗な瞳。彼はその瞳で、部屋中の人間を眺めた。