第35話 ケース2 死神の足音⑪

文字数 1,047文字

「君ができることは浄霊の準備だ。君のことだからすでにしているでしょうけど」

「いや、まあ準備はしている。だが、お前がこないなら意味はないだろう」

 そう、意味はないはずだ。

 浄霊とは、いうなれば霊との対話を指す。

 怨霊には、怨霊になった原因が存在する。霊媒師が浄霊をする場合、その原因を探り出し、対話を通してこの世の未練をなくし、あの世へ旅立つように導く。

 だが、対話での解決が難しい場合、怨霊は対話者に襲い掛かる。霊媒師であれば、対抗できるが、そうでない人間は一瞬で呪い殺されるだろう。……ちなみに、崎森の場合、対抗どころか強制的にあの世へ送ることもできる。なのに、来れないとは役立たずめ。

「意味はある。どのくらいまで準備は進めているの?」

「怨霊に対する守りは固めた。あと、怨霊になった原因については、リサーチ中だ。最近、助手見習いを雇ってな。そいつに、過去の新聞記事を読むように指示を与えている。

怨霊の姿から察するに、だいぶ昔の人間だろうから、かなり時間はかかるかもしれないが、あれほどの怨念を持っている相手だ。ロクな死に方はしていないはず。新聞に載っていてもおかしくはない。まあ、江戸時代の生まれとかならお手上げだが。……おい、聞いてるのか?」

「あ、ああ聞いてる。その助手って女性なの?」

 なんでそんなことを聞くのだろうか? 女子高生だ、と教えてやると、舌打ちと歯ぎしりのような音が聞こえた。

「最悪だよ。まさか、そんな状況になっているとはね」

「……お前、怒ってないか?」

「怒ってない。ええっと、何の話だっけ? そうそう、浄霊ね。本来は、霊媒師じゃないとしちゃだめだけど、特別なアイテムを送る。それを使えば、何とかなるでしょ」

 崎森はそれだけ言い残し、電話を切った。もう一度かけてみるがつながらない。……怨霊にでも襲われたか? まあ、あいつなら大丈夫だろう。

「岩崎さん、今後の方針が固まりました」

 岩崎が、青白い顔で頷く。ストレスのせいだろうが、それにしてもひどい顔だ。

 しょうがないので、タクシーをスマホで呼び、俺は空を見上げる。

 天高く太陽が輝く空は、こちらの状況とは似つかわしくないほど爽快だ。

 ――もし神がいるならば、きっと笑うだろう。死してなお人に害なす存在と、その存在に翻弄される俺たちは、滑稽に違いないから。

 俺は息を長く吐き、「神様だろう? 死人の管理くらいしてくれよ」と意味のない愚痴をこぼした。
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