第51話 ケース2 死神の足音㉗
文字数 1,436文字
暗闇に音が溶けたような静けさが、病室を満たしている。
岩崎が眠る病室は、不快な眩しさを最小限に抑えた補助照明が光るのみで、物の輪郭は不鮮明で頼りない。
「うう」
岩崎の苦しそうな吐息が漏れる。生死を彷徨っている彼は、この世とあの世を行きかいながら、懸命に生きようともがいているのだろう。
――テン、テン。
手毬が弾む音が場違いに響く。
どこからともなく現れた着物姿の少女は、瞳に涙をうるませ、病室に視線を巡らせた。
ここは個室の病室だ。当然、岩崎しかいないはずである。だが、サッとベッドのカーテンが開かれ、来世と里香が姿を現した。
「やはり来たか。里香」
「は、ははははい」
里香は札を地面に叩きつける。
わずかに見開かれる少女の瞳。
金色の光が、札を爆心地としてドーム状に膨れ上がり、室内を光で満たした。
「こ、れは?」
「神と対話するための場を作った。他にも怨霊用・地縛霊用の拘束札、悪魔・妖怪の拘束鎖等々、幾つも用意したが、やはり無用の長物だったな」
里香が、青白い顔で左右に視線を踊らせた。
「ら、来世さん、こんなに明るいんですか? これ看護師さん気付いちゃいますよ」
「大丈夫だ。そのためにドアと窓に遮光性のシートを貼っただろうが。まあ、夜の見回りがあるだろうから、それまでに終わらせるぞ」
来世は、パイプ椅子を引き寄せ、浜 幸子に向き合う形で座った。
「さて、この結界は邪破教のやり方を応用したものだ。この結界内にいる限り、君と俺は話し合いをするしかない。いくら神とはいえ、俺を殺せないし、俺も君に危害を加えられない」
「……へえ、見事ね。この結界を考えた人は天才だわ。確かにここなら私は何もできないわ」
浜 幸子は、見た目と反して随分と大人びた口調で話した。
わずかに眉を動かす来世。少女は、穏やかに笑う。
「私、死んだときは幼子だったけれども、それから今日まで随分と生きたから、それなりに大人よ。うふふ、にしても楽しみ。私と何を語らうのかしら?」
「……そう、だな。色々とあるが、まずは君の目的から話そうか。君は今夜、岩崎ではなく俺を殺すために現れたね。岩崎の可能性もあるから、ここで待っていたわけだが」
少女の目が大きく見開かれた。
「……凄い、正解よ。どうして分かったの?」
「ふん、業腹だが理由が分かったのは俺じゃなく、崎森って霊媒師の手柄だがな。――あの会社の三階。あそこは、邪破教の呪いを振りまく装置だ」
来世は、懐から写真を数枚取り出した。
「あのトイレは、結界が張られている。『閉』という文字を四方に配置することで、閉じ込めるために。閉じ込める対象は、人ではなく呪い。いや、この場合は呪力というべきか。
本来、結界とは穢れたものを内に入れないためのシェルターの役割を果たす。だが、あの結界は、呪力が外に漏れ出ないように溜め込むためにある。そして、個室にある呪いの品々が、呪力の発信源だ。あらゆる呪いの品を収集することで、濃密な呪力となっていく。要は、蟲毒の一種だな」
はい、と元気な声が聞こえた。声の主は、困惑顔の里香だ。
「蟲毒ってなんでしょう?」
「蟲毒は、古代中国で流行ったとされる呪術だ。小さなツボを一つと、毒虫を百匹用意し、ツボの中に毒虫を入れて蓋をする。虫どもはツボの中で共食いを繰り返し、最終的に一匹だけが残る。その虫のことも蟲毒と呼ぶ。蟲毒は強力な呪いだ。これを用いれば、対象となった人間は死に絶える」
里香が明らかに気持ち悪い、といった表情でのけ反った。
岩崎が眠る病室は、不快な眩しさを最小限に抑えた補助照明が光るのみで、物の輪郭は不鮮明で頼りない。
「うう」
岩崎の苦しそうな吐息が漏れる。生死を彷徨っている彼は、この世とあの世を行きかいながら、懸命に生きようともがいているのだろう。
――テン、テン。
手毬が弾む音が場違いに響く。
どこからともなく現れた着物姿の少女は、瞳に涙をうるませ、病室に視線を巡らせた。
ここは個室の病室だ。当然、岩崎しかいないはずである。だが、サッとベッドのカーテンが開かれ、来世と里香が姿を現した。
「やはり来たか。里香」
「は、ははははい」
里香は札を地面に叩きつける。
わずかに見開かれる少女の瞳。
金色の光が、札を爆心地としてドーム状に膨れ上がり、室内を光で満たした。
「こ、れは?」
「神と対話するための場を作った。他にも怨霊用・地縛霊用の拘束札、悪魔・妖怪の拘束鎖等々、幾つも用意したが、やはり無用の長物だったな」
里香が、青白い顔で左右に視線を踊らせた。
「ら、来世さん、こんなに明るいんですか? これ看護師さん気付いちゃいますよ」
「大丈夫だ。そのためにドアと窓に遮光性のシートを貼っただろうが。まあ、夜の見回りがあるだろうから、それまでに終わらせるぞ」
来世は、パイプ椅子を引き寄せ、浜 幸子に向き合う形で座った。
「さて、この結界は邪破教のやり方を応用したものだ。この結界内にいる限り、君と俺は話し合いをするしかない。いくら神とはいえ、俺を殺せないし、俺も君に危害を加えられない」
「……へえ、見事ね。この結界を考えた人は天才だわ。確かにここなら私は何もできないわ」
浜 幸子は、見た目と反して随分と大人びた口調で話した。
わずかに眉を動かす来世。少女は、穏やかに笑う。
「私、死んだときは幼子だったけれども、それから今日まで随分と生きたから、それなりに大人よ。うふふ、にしても楽しみ。私と何を語らうのかしら?」
「……そう、だな。色々とあるが、まずは君の目的から話そうか。君は今夜、岩崎ではなく俺を殺すために現れたね。岩崎の可能性もあるから、ここで待っていたわけだが」
少女の目が大きく見開かれた。
「……凄い、正解よ。どうして分かったの?」
「ふん、業腹だが理由が分かったのは俺じゃなく、崎森って霊媒師の手柄だがな。――あの会社の三階。あそこは、邪破教の呪いを振りまく装置だ」
来世は、懐から写真を数枚取り出した。
「あのトイレは、結界が張られている。『閉』という文字を四方に配置することで、閉じ込めるために。閉じ込める対象は、人ではなく呪い。いや、この場合は呪力というべきか。
本来、結界とは穢れたものを内に入れないためのシェルターの役割を果たす。だが、あの結界は、呪力が外に漏れ出ないように溜め込むためにある。そして、個室にある呪いの品々が、呪力の発信源だ。あらゆる呪いの品を収集することで、濃密な呪力となっていく。要は、蟲毒の一種だな」
はい、と元気な声が聞こえた。声の主は、困惑顔の里香だ。
「蟲毒ってなんでしょう?」
「蟲毒は、古代中国で流行ったとされる呪術だ。小さなツボを一つと、毒虫を百匹用意し、ツボの中に毒虫を入れて蓋をする。虫どもはツボの中で共食いを繰り返し、最終的に一匹だけが残る。その虫のことも蟲毒と呼ぶ。蟲毒は強力な呪いだ。これを用いれば、対象となった人間は死に絶える」
里香が明らかに気持ち悪い、といった表情でのけ反った。