第50話 ケース2 死神の足音㉖
文字数 1,441文字
「夕日村で起こった浜一家殺人事件について」
五代儀は、目を丸くした。
「それはまた随分古い事件をお調べになっているようだ。……あの事件はあまりの特異さに、時折夕日村を研究している者の間でも語り草となってましてな」
「特異さ? それは未解決事件だから?」
「いや、もちろん事件そのものも不可解な点がありますが、民俗学の探究者としては、その後の経緯ですよ」
今度は来世が目を丸くする番だった。
五代儀は、髭を撫でつけ、一冊の本を手に取った。タイトルは『地域信仰』と記されている。
「地域信仰、という言葉をご存じか? 世界的に信じられている宗教ではなく、地域ごとに信じられてきた宗教です。ここ夕京街が夕日村だった頃から、『邪破教』という信仰が根付いていましてな。今ではすっかり衰え、信じている者もほとんどおらんでしょうが、当時はなかなかに深く信じられていたようです」
邪破教など聞いてこともない。来世は、手帳を取り出し、さらさらとペンを走らせた。
「目には目を、がこの宗教の根幹を占める考えでしてな。邪をもって悪を破砕する、という意味合いから邪破教と呼ばれるようなったというのが有力な説です。
この世に悪が蔓延るならば、悪をもって聖となす。……とても恐ろしい信仰であったと伝えられています。比較的最近まで信じられてきたのにも関わらず、口伝での教えが中心だったため、ほとんど資料も残っていない。
……実はですな、あの事件は土地神の呪いと噂さされる一方で、浜 幸子は人身御供――人を神に捧げる生贄とすること――にされたのでは、と考える研究者もおりまして。かくゆう私もそうかもしれぬ、と疑っておるのです」
「……人身御供とは、穏やかではありませんね。ですが、なぜ浜 幸子だけが?」
「それは……様々な説があります。例えば、実は村ぐるみで邪破教は信じられており、浜 幸子を贄にすることが決まった。しかし、両親は拒み、殺害。浜 幸子は、贄とされた。殺され方が違うのは、贄となったかどうかの違いだという説ですな。
邪破教は、先ほども言いましたが目には目を、考え方の基本としています。つまり、贄となる浜 幸子の全身をくまなく殴打することで、人の悪意を込め、贄とする。それによって、神は悪意の力をもって、世界に安寧をもたらす。……ま、もっとも殺された経緯については、推測の域にすぎませんが、興味深いのは事件の後です」
五代儀は、身を乗り出した。
「幸ノ神と呼ばれる女神がいた、と邪破教で伝えられておるのです。これは信者の遺書にあったので確実な情報です」
来世は、ペンの動きを止め、五代儀の目を見た。
「まさか、浜 幸子が神格化された存在だと?」
「そう、そのまさかですよ。邪破教は多神教のうえ、神が後から追加されていきます。追加の条件は様々ですが、その一つに人身御供による神格化というものがあります。
神に命と悪意を捧げた者は、それが評価され、神として迎え入れられるというもので、浜 幸子は女神となったようですな」
来世は、ペンを手帳に置き、深呼吸した。
「……なるほど、確かに奇妙な事件ですな。もう少々話を聞いても良いですか? 他にも確認したいことがいくつもあるのです」
「そ、それはもちろん。今日はちょうど時間が空いています。ささ、何をお聞きになりたい?」
嬉しそうに五代儀は笑った。恐らく日頃、客人が来ないという話は本当だろう。
上機嫌に話してくれるのは都合が良い。
来世は、根掘り葉掘り話を聞いてから、事務所へと戻った。
五代儀は、目を丸くした。
「それはまた随分古い事件をお調べになっているようだ。……あの事件はあまりの特異さに、時折夕日村を研究している者の間でも語り草となってましてな」
「特異さ? それは未解決事件だから?」
「いや、もちろん事件そのものも不可解な点がありますが、民俗学の探究者としては、その後の経緯ですよ」
今度は来世が目を丸くする番だった。
五代儀は、髭を撫でつけ、一冊の本を手に取った。タイトルは『地域信仰』と記されている。
「地域信仰、という言葉をご存じか? 世界的に信じられている宗教ではなく、地域ごとに信じられてきた宗教です。ここ夕京街が夕日村だった頃から、『邪破教』という信仰が根付いていましてな。今ではすっかり衰え、信じている者もほとんどおらんでしょうが、当時はなかなかに深く信じられていたようです」
邪破教など聞いてこともない。来世は、手帳を取り出し、さらさらとペンを走らせた。
「目には目を、がこの宗教の根幹を占める考えでしてな。邪をもって悪を破砕する、という意味合いから邪破教と呼ばれるようなったというのが有力な説です。
この世に悪が蔓延るならば、悪をもって聖となす。……とても恐ろしい信仰であったと伝えられています。比較的最近まで信じられてきたのにも関わらず、口伝での教えが中心だったため、ほとんど資料も残っていない。
……実はですな、あの事件は土地神の呪いと噂さされる一方で、浜 幸子は人身御供――人を神に捧げる生贄とすること――にされたのでは、と考える研究者もおりまして。かくゆう私もそうかもしれぬ、と疑っておるのです」
「……人身御供とは、穏やかではありませんね。ですが、なぜ浜 幸子だけが?」
「それは……様々な説があります。例えば、実は村ぐるみで邪破教は信じられており、浜 幸子を贄にすることが決まった。しかし、両親は拒み、殺害。浜 幸子は、贄とされた。殺され方が違うのは、贄となったかどうかの違いだという説ですな。
邪破教は、先ほども言いましたが目には目を、考え方の基本としています。つまり、贄となる浜 幸子の全身をくまなく殴打することで、人の悪意を込め、贄とする。それによって、神は悪意の力をもって、世界に安寧をもたらす。……ま、もっとも殺された経緯については、推測の域にすぎませんが、興味深いのは事件の後です」
五代儀は、身を乗り出した。
「幸ノ神と呼ばれる女神がいた、と邪破教で伝えられておるのです。これは信者の遺書にあったので確実な情報です」
来世は、ペンの動きを止め、五代儀の目を見た。
「まさか、浜 幸子が神格化された存在だと?」
「そう、そのまさかですよ。邪破教は多神教のうえ、神が後から追加されていきます。追加の条件は様々ですが、その一つに人身御供による神格化というものがあります。
神に命と悪意を捧げた者は、それが評価され、神として迎え入れられるというもので、浜 幸子は女神となったようですな」
来世は、ペンを手帳に置き、深呼吸した。
「……なるほど、確かに奇妙な事件ですな。もう少々話を聞いても良いですか? 他にも確認したいことがいくつもあるのです」
「そ、それはもちろん。今日はちょうど時間が空いています。ささ、何をお聞きになりたい?」
嬉しそうに五代儀は笑った。恐らく日頃、客人が来ないという話は本当だろう。
上機嫌に話してくれるのは都合が良い。
来世は、根掘り葉掘り話を聞いてから、事務所へと戻った。