第66話 ケース3 春、去り際に燃ゆる想い④

文字数 1,298文字

 来世は、人目を避けるべく、枝が密集しているあたりに移動し、目元を手で覆った。

「我は契約に基づき、魔眼の使用を望む者」

 空が曇り、薄暗くなる往来。そんな中、発信源が不明の低い老人のような声が聞こえた。

 ――よかろう。ただし、魔眼の能力は選べぬ。いつも通り、一つの依頼につき一つの魔眼を一時的に授けよう。

 不気味な声に、人々は困惑したが、スマホや大画面のスクリーンがある時代である。

 誰かが大音量で動画を見ているのだろう、と自分なりの解釈をし、首を傾げつつもまた歩き出した。 

「……よし、今回は依頼にぴったりな奴が来たな」

「ほえー、そんな感じなんですね」

 目を覆った指の隙間から漏れる光は、黄色から緑色へ。

 まじまじと来世の目元を観察していた里香が、感心したように頷く。

「しだれ。お前、一定期間だけ人間になる気はないか?」

「ん?」

 しだれは、動揺を声に滲ませる。おかしくて来世はクスリと頬を緩ませた。

「突然言われればそうなるよな。俺は一つの依頼につき、一つの魔眼……まあ、超能力のようなものを得る。依頼を複数受けている時は、都度切り替わる。

Aの依頼で得たAの魔眼は、Aの依頼をこなしている時にしか使用できず、Aの依頼がまだ完了していないが、途中でBの依頼を対応した場合は、Bの魔眼に切り替わるってシステムさ。

 つまりだ。人外疎通の魔眼でお前とコミュニケーションを図っていたが、これはAの依頼をこなす途中の出来事だったからできた芸当。依頼を終えてしまえば、お前と会話はできず、お前の依頼はこなせなかったが、運が良かったな。

 擬人化の魔眼。これならば、一度発動させてしまえば人外疎通の魔眼は不要だ。お前を一時的に人間にする力がある。困惑はするだろうが、人になってもらわないと依頼が進められない。だから、早めに決断してくれ」

 しだれは、即答できなかった。

(人間に? 一体こやつは何を言っているのだろう。他の生物に変じさせるなど、神の領域ではないか。けれど、嘘を言っているようには見えぬ。……だが、もし。もし、本当ならば、ワシは自由に動けるのだろうか)

 揺れる黒髪に微笑む顔。とある景色が心を掠めた。

「……分かった。ワシを人間にしてくれ。この機会、逃してはならんだろう」

「よし、ではさっそく、やってみよう」

 来世は幹を見つめ、擬人化の魔眼を発動させる。

 黒の瞳が緑の瞳へ変化し、淡い光をしだれに投射した。

 ……時間にして数秒ほど。幹の一部が分離し、みるみる人の姿へなっていく。

「おお、これが人の体か」

 しだれは、目を開けた。

 淡い桜色の瞳は、澄み渡った水のように。片目だけを隠すピンクバイオレットの前髪は妖しげで。体つきは細く、女性なのか男性なのか判別がつかない。痩身は、温かな茶色い着物に包まれ、素足に履いた下駄が目を引く。

 しだれは、嬉しそうに歩いたり、飛び跳ねたりした。

「ほほ、こいつはええ。安心感はゼロだけれども、こうも自由に動けるか」

「……ほう、この魔眼は初めて使ったが、こんな現象を引き起こすとはな。興味深い」

 来世は自身の顎を撫で、何度も頷く。一方の里香は、あんぐりと口を開け、絶句していた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み