第102話 ケース4 姿見えぬ殺人鬼⑩
文字数 1,736文字
来世は、一秒を噛みしめるようにゆっくりと目を開けた。
目覚めは良い方である。目を開ければ、速やかに思考が頭を駆け抜け、状況を正確に把握する。しかし、今日の目覚めはあまり良くない。重く、鈍重な体はまるで別人のようであり、しきりに彼は首をひねった。
「まったく、慣れない場所だからか?」
来世は、頬をぴしゃりと叩き、緩んでいた目元を鋭く引き締めた。
「起きていらっしゃいますか? 簡単にですが、朝食を用意しました」
蠱惑的なソプラノボイス。これは、瞳のものである。来世は、返事をしながら自室のドアを開けた。
「里香ちゃんはもう起きてますよ」
来世は、瞳、里香の順で視線を移動させた。
常に臨戦態勢の来世は、ダークグレーのミリタリージャケット姿だが、瞳、里香の両名は寝間着姿である。
二人とも非常にスタイルが良いことが、寝間着越しでも分かる。来世は、あまりジロジロと眺めないように、そっと視線を外した。
「どうしました?」
「何でもありません。朝食にしましょう」
来世は席に座り、対面に座る里香の額を軽く指で押した。
「おい、起きろ。そんなにぼんやりしてると、いざって時に困るぞ」
「あー、すいません。んー、何だか体がだるくて」
「何? 風邪か?」
来世が、里香の額に手を置く。その瞬間、鮮やかに彼女の顔はトマトと見間違う色に変化した。
「だ、大丈夫です。わ、わー美味しそうな朝食だな」
「フフ、美味しそうって言ってもインスタントラーメンですけどね」
瞳はそう言って、里香の隣に座る。
瞳の表情は柔らかに見えるが、目の下のクマを見るに、調子が良いとはいえないようだ。
「いただきます。……食べながらで良いんですが、私が寝ている間に異変はありませんでしたか?」
「いえ、私は特には。里香ちゃんは?」
「ふぇ? え、えーとそうですね。あ、妙な音が鳴ってましたよ。私たちの部屋の壁が、コンコンって」
「何? 馬鹿野郎、どうして報せなかった」
里香は、肩を縮こませた。
「ご、ごめんなさい。音が鳴った時は怖くてびっくりしたんですけど、すぐに音がやんじゃったので、家鳴りか何かだと。報せようと思ったんですけど、あれ? 私どうしたんだっけ?」
瞳が、クスクスと笑った。
「里香ちゃん、眠ってしまったのよ。私が起きた時に、床にうつ伏せで眠ってたわよ」
「ええ、そうなんですか? 痛!」
来世の拳が里香の頭にヒットし、子気味良い音が鳴る。
「緊張感のない奴だな。もし、その異常が犯人のものだったらどうするつもりだったんだ?」
「す、すいません」
「まあまあ。疲れていたんですよ。あ、それにそれを言うなら来世さんもですわ。ほら、二時間ほど仮眠をとりますっておっしゃっていたのに、里香ちゃんに起こされるまで三時間も眠ってらっしゃったでしょう。私、ちゃんと二時間経った時に起こしましたよ」
来世の顔が、苦虫をかみつぶしたような表情になる。
「あ、その通りです。だったら、今殴られた分の慰謝料を要求します」
里香は、来世のカップ麺からチャーシューを取り上げ、口に放り込む。
来世は鼻を鳴らし、麺を豪快にすすった。
「ともかく、異音が鳴った所を調べてきます。ついでに他の方々のペンションも回って異常がなかったか確認してきますよ」
「え、ええ。お願いします。異音が何でもなかったら良いのですけど」
瞳が、目を伏せ両手を組んだ。
「そうであることを祈ります。ん?」
ドアが乱暴に二度叩かれた。
「開けてください。古城さんたちは無事ですか?」
来世が急いでドアを開けると、伊藤が額に汗を浮かべて立っていた。
「……私たちは無事です。何かあったんですか?」
「はい。落ち着いて聞いてくださいね。……西城さんが、今朝殺されていました」
来世の表情が固まる。
やはり、という感情と、この野郎、という感情がない交ぜになって頭の中を行き交う。
「……そう、ですか。他の皆さんは?」
「怖がっていらっしゃるのでしょう。部屋にこもっています」
「無理もないですね。……一度、現場を確認したいのですが構いませんか?」
「え、ええ。本当は警察に任せるのが一番でしょうが、相も変わらず電話は繋がりません。現場を荒らさないように注意してください」
来世は頷き、前を向いたまま背後に声をかける。
目覚めは良い方である。目を開ければ、速やかに思考が頭を駆け抜け、状況を正確に把握する。しかし、今日の目覚めはあまり良くない。重く、鈍重な体はまるで別人のようであり、しきりに彼は首をひねった。
「まったく、慣れない場所だからか?」
来世は、頬をぴしゃりと叩き、緩んでいた目元を鋭く引き締めた。
「起きていらっしゃいますか? 簡単にですが、朝食を用意しました」
蠱惑的なソプラノボイス。これは、瞳のものである。来世は、返事をしながら自室のドアを開けた。
「里香ちゃんはもう起きてますよ」
来世は、瞳、里香の順で視線を移動させた。
常に臨戦態勢の来世は、ダークグレーのミリタリージャケット姿だが、瞳、里香の両名は寝間着姿である。
二人とも非常にスタイルが良いことが、寝間着越しでも分かる。来世は、あまりジロジロと眺めないように、そっと視線を外した。
「どうしました?」
「何でもありません。朝食にしましょう」
来世は席に座り、対面に座る里香の額を軽く指で押した。
「おい、起きろ。そんなにぼんやりしてると、いざって時に困るぞ」
「あー、すいません。んー、何だか体がだるくて」
「何? 風邪か?」
来世が、里香の額に手を置く。その瞬間、鮮やかに彼女の顔はトマトと見間違う色に変化した。
「だ、大丈夫です。わ、わー美味しそうな朝食だな」
「フフ、美味しそうって言ってもインスタントラーメンですけどね」
瞳はそう言って、里香の隣に座る。
瞳の表情は柔らかに見えるが、目の下のクマを見るに、調子が良いとはいえないようだ。
「いただきます。……食べながらで良いんですが、私が寝ている間に異変はありませんでしたか?」
「いえ、私は特には。里香ちゃんは?」
「ふぇ? え、えーとそうですね。あ、妙な音が鳴ってましたよ。私たちの部屋の壁が、コンコンって」
「何? 馬鹿野郎、どうして報せなかった」
里香は、肩を縮こませた。
「ご、ごめんなさい。音が鳴った時は怖くてびっくりしたんですけど、すぐに音がやんじゃったので、家鳴りか何かだと。報せようと思ったんですけど、あれ? 私どうしたんだっけ?」
瞳が、クスクスと笑った。
「里香ちゃん、眠ってしまったのよ。私が起きた時に、床にうつ伏せで眠ってたわよ」
「ええ、そうなんですか? 痛!」
来世の拳が里香の頭にヒットし、子気味良い音が鳴る。
「緊張感のない奴だな。もし、その異常が犯人のものだったらどうするつもりだったんだ?」
「す、すいません」
「まあまあ。疲れていたんですよ。あ、それにそれを言うなら来世さんもですわ。ほら、二時間ほど仮眠をとりますっておっしゃっていたのに、里香ちゃんに起こされるまで三時間も眠ってらっしゃったでしょう。私、ちゃんと二時間経った時に起こしましたよ」
来世の顔が、苦虫をかみつぶしたような表情になる。
「あ、その通りです。だったら、今殴られた分の慰謝料を要求します」
里香は、来世のカップ麺からチャーシューを取り上げ、口に放り込む。
来世は鼻を鳴らし、麺を豪快にすすった。
「ともかく、異音が鳴った所を調べてきます。ついでに他の方々のペンションも回って異常がなかったか確認してきますよ」
「え、ええ。お願いします。異音が何でもなかったら良いのですけど」
瞳が、目を伏せ両手を組んだ。
「そうであることを祈ります。ん?」
ドアが乱暴に二度叩かれた。
「開けてください。古城さんたちは無事ですか?」
来世が急いでドアを開けると、伊藤が額に汗を浮かべて立っていた。
「……私たちは無事です。何かあったんですか?」
「はい。落ち着いて聞いてくださいね。……西城さんが、今朝殺されていました」
来世の表情が固まる。
やはり、という感情と、この野郎、という感情がない交ぜになって頭の中を行き交う。
「……そう、ですか。他の皆さんは?」
「怖がっていらっしゃるのでしょう。部屋にこもっています」
「無理もないですね。……一度、現場を確認したいのですが構いませんか?」
「え、ええ。本当は警察に任せるのが一番でしょうが、相も変わらず電話は繋がりません。現場を荒らさないように注意してください」
来世は頷き、前を向いたまま背後に声をかける。