第48話 ケース2 死神の足音㉔

文字数 1,678文字

 さすがに、何だかんだと仕事を組んだことは多いだけに、よく知られているといったところだろう。

 来世は、がりがりと頭を掻いた。

「……ふん、じゃあどうすれば良い?」

「よろしい。状況を説明して」

 早口で滑らかに説明する。崎森は、大人しく聞いていたが最後まで聞き終えた瞬間、ため息を吐いた。

「もう、冷静さ失いすぎ。普段の君なら考えられないな。えっと、ひとまずね、それは放置」

「おい、明らかにやばそうだぞ」

「分かってる。けど、黒い鈴……ねえ。んー私でも、ちょっと調べないとわからないわ。触らぬ神に祟りなしっていうでしょう。変に刺激はしないように」

 来世は、やや低い声で言った。

「何を悠長なことを。依頼人が死んでは意味がない」

「大丈夫。ご神木のお守りがあれば、今日中で死ぬなんてことはないわ。私の用事はちょうど終わるところだし、あ、こいつ抵抗するな! 成仏しろ。……うん、終わった。で、今日の夜には報告するわよ。それまで、君は休んで。フラフラのままじゃ、仕事を達成できない。

 正直、あなたの相手はやばいわよ。神社に平然と入る怨霊。加えて、世送りの小太刀でも祓えないとなると常識では対応できない。冷静でシビアな判断が求められるわね」

 ……常識で対応できないか。ふん、常識にとらわれていたつもりはないが、もっと視野を広げて考える必要があるな。

 例えば、そう。今回の依頼はそもそも怨霊が相手だったのか、から考えてみよう。



――そもそも命を奪う=怨霊の図は、絶対か? →否。そうとは言い切れない。霊とは人間。良かれと思ってやったことが、結果として相手の死につながることもあるだろう。



 ――では、浜 幸子は怨霊か? →否。断定はできないが、そもそも怨霊ではないと仮定するのは難しいだろうか? 浜 幸子の過去は怨霊に堕ちるに相応しいものだ。だが、『私は満たされていた』と彼女は言った。では、怨霊にならずに済んだ理由があったかもしれない。



 ――ならば、なぜ彼女は命を奪う存在となっているのか? →……もしや。



 来世は、ゾワリと背中が泡立った。

「ちょっと、もしもーし」

 しばし無言になった来世に避難がましい声を投げかける崎森。

 来世は、やや興奮した調子で言った。

「おい、ちょっと可能性の話をしたい。あり得るかどうかを教えてくれ」

 来世は語る。自身の思いついた考えを。もしこれが事実ならば、今回の事件の前提が壊される。

「……なるほど、ありえるかもしれないね。盲点、だったわ」

「そうか。では、奇々怪々の店で追加装備を仕入れないといけないな。よし、切るぞ。……助かったよ、ありがとう」

 スピーカー越しに、息を呑んだような気配がした。が、返事はなく通話は切れてしまった。

「なんだ? まあ、良いか」

 来世は、スマホを懐にしまい、慎重に秘密扉を閉めてからトイレを出た。

「あの悪臭の後に、この廊下は嫌だな」

 思わず独り言がこぼれる。

 グネグネと曲がりくねった廊下は、気分が悪い時に通ると、船酔いにも似た気持ち悪さを抱かせた。

 ややふらつきながら廊下を通り、資料室の方を見ると、堀が廊下に出て待っていた。

「あ、どうかなさいましたか? あまりにも遅いので心配になりましたよ」

「ああ、申し訳ない。腹をくだし、おまけに吐き気もしたものですから、時間がかかってしまいました」

「え、ええ! 病気ですか」

 来世は、シニカルな笑みを少しにじませ、それから堀に問いかけた。

「それはさておき。ちょっと、御社の従業員にお話を伺いたいのですが、構いませんか?」

「はあ、少しくらいなら問題ありませんが」

「それは良かった。では、二階へ」

 来世は素早くエレベーターを呼び出し、乗り込もうとした。その時、

「ん?」

 妙な気配を感じて廊下の奥を見た。廊下は、汚れで疲れきった壁があるだけで、何者も存在してはいなかった。

「どうしました?」

「いや、何でもありません。さ、行きましょうか」

 来世は堀と一緒に、エレベーターに乗った。

 人が去り、薄暗さだけが支配する空間となった三階。静寂で寂しい場所に、二度ほど軽やかに何かが弾む音がこだました。
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