第107話 ケース4 姿見えぬ殺人鬼⑮
文字数 2,465文字
「……」
瞳の遺体の上には、真っ白な布がかけられている。その布は、縞模様のように赤で彩られ、事情を知る者の胸を苦しくさせた。
「う、う、は、ああ」
里香が泣いている。
ここは、来世たちが宿泊している五号館のリビングだ。
朝は明け、本来は爽やかであるはずの朝日が、窓から斜めに伸びている。
来世は、里香を椅子に座らせると、彼女に見えないように瞳の顔にかかった布をめくった。
瞳の顔は、生前の美しさを損なうことなく、静かにあの世へ寝入っている。
来世は、目に力を込め、言の葉の魔眼を発動させた。
少しでも彼女の意思を拾い上げるため、深く集中力を高めていく。
「……ぬ」
いくつかの言葉が駆け抜けた。その中には、事件と関係があるものとないものがあった。
来世は瞼を閉じて、鼻から息を吐くと「俺ごときで良かったのか?」と呟き、静かに自身の顔を瞳の顔へと近づけていった。
「……すまん」
来世は顔を離すと、瞳の顔に布を戻し、静かに立ち上がった。
拳を強く握りしめ、来世は感情のままに椅子を蹴り飛ばす。
椅子は、壁に激突し、破片を床にまき散らした。
音は激しかった。だが、すぐに音は止み、里香の鼻をすする音だけが聞こえる。
「何故だ?」
激情が心の内だけでなく、言葉として表現された。
理解ができない。どうして、こんなことをする必要がある。絶対に問いただす。これは、自身と瞳に対する約束であった。
「里香」
「う、うう」
「里香!」
里香の肩がビクリと動く。
「悲しむのは後だ。俺たちは、依頼人の無念を晴らす必要がある。俺たちは何だ?」
「……わ、私達は魔眼屋です」
「そうだ。魔眼屋は、何でも屋だ。依頼人が望む結果になるまで、絶対に止まらない」
「そうです。と、止まりません」
「俺は魔眼屋の代表だ。そして、お前は俺の助手見習い……いや、助手だ」
「……う、はい、私は助手です」
「だったら、分かるな」
「は、はい。私、私達は真犯人に借りを返さなければなりません」
「そうだ」
里香は、立ち上がると涙を手で拭い、充血した目で来世の目を見た。
「やりましょう、来世さん」
「ああ、まずは犯人の特定と準備だな」
「準備?」
「相手は恐ろしい力を持っている。爆破をする手際と人を噛み殺すどう猛さ。まるで知性を持った獣だ」
「知性を持った獣……」
里香は喉をゴクリと鳴らした。
「残るは、伊藤、山内、吉川の三人。……クソ、宿泊している建物が別ってのが痛いな。誰が行動したのか把握しにくい」
来世がもどかしく感じるのも無理はない。
ペンションがある崖は、夜になれば月明りと各ペンションの部屋から漏れる光以外は光源がない。地面は、岩肌で足跡が残らず、海風を防ぐ障害物がないため、風の音が凄まじい。
つまり、犯人がその気になれば周りにほとんど悟られずに殺しを行うことは可能なのだ。
「ん? 待てよ。吉川は、西城が殺された時、何かが割れた音を二度聞こえたと証言したな。吉川は西城のペンションから見て斜め前にある。距離はそう離れていないとはいえ、聞こえないはずだ。まさか、瞳さんに全ての罪をきせるために証言した……とは考えられないか?」
「いえ、断言できませんよ。さっき、山内さんが教えてくれました。どうやら吉川さん、外で絵を描いていたって」
「何? そう証言したのか」
里香がコクリと頷くと、来世はため息を漏らした。
「こんな状況で絵だと? 犯人じゃないとすれば、よほど度胸があるようだな。……まあ、犯行時に風が止んでいて、外にいたのなら聞こえた可能性はあるか。で、山内は能天気に外で女二人の行動を見ていたわけだ」
「あ! 来世さん」
里香が興奮気味に来世に詰め寄った。
「もしかして山内さんが犯人じゃ。外に出て瞳さんが殺しを行うかどうかを見張っていた。その時に、吉川さんを目撃していたとしたらどうでしょう?」
「……なるほどな。可能性はあるか」
「きっとそうですよ。だから瞳さんは、山内さんを殺そうとしたんですよ」
「……スジは通ってる、が」
腑に落ちない。何かを見落としている気がする。
来世は先ほど、瞳を運ぶ際、言の葉の魔眼を発動して、山内の部屋もチェックしておいた。
しかし、猟奇的な思考は読み取れなかった。
それに瞳の凶行を止める際、ドア越しに断片的に聞こえた話声から考えても、どうも違うような気がしてならない。
「納得できませんか?」
「ああ、ん?」
ドアをノックする音がした。
来世は、里香を庇うように前に出ると、ドアに向かって声をかけた。
「誰だ?」
「伊藤です。朝になったので、見回りにきました。何かトラブルは起きませんでしたか?」
「ああ、そうか。あなたにまだ報告していませんでしたね」
来世は、瞳が亡くなったことを告げた。
「……そんな、古城様が。で、では三人も亡くなられてしまったのですか」
「残念ながら。ここは危険です。見回りは切り上げて、お部屋に戻っては」
「い、いえ。こんな事態になったのには、私にも責任があります。危険があろうと、見回りをしなくては。……失礼いたします」
足音が遠ざかる。
来世は、ドアの鈴を取り外し、ナイフを携えた上で慎重に開けた。
伊藤の背は、来世たちの真向かいにある吉川のペンションに進んでいる。来世は、さっきまで伊藤が立っていた場所を目視し、言の葉の魔眼を発動させた。
――特に変ではないな。
来世はドアを閉め、鈴を再び取り付けた。
「魔眼ですか?」
「ああ」
「それにしてもその鈴、どこで見つけたんです? 凄い音が鳴りますよね」
「だろ? 幸子が用意してくれたんだ。……ん?」
「あー、幸子ちゃんどうしてるのかな? 事務所で一人ぽっちで可哀そうだな」
心に刺さった棘を撫でられたような感触。
来世は、依頼を受けた瞬間から順に起こった出来事を一枚一枚めくるように思い出していく。
「あ」
ある記憶にたどり着き、来世は呆けたような声を出す。
「そうか。それならば……」
「来世さん?」
「里香、お前にまたやってもらうことができた」
小首をかしげる里香に、来世はやってもらうことの内容を説明しだした。
瞳の遺体の上には、真っ白な布がかけられている。その布は、縞模様のように赤で彩られ、事情を知る者の胸を苦しくさせた。
「う、う、は、ああ」
里香が泣いている。
ここは、来世たちが宿泊している五号館のリビングだ。
朝は明け、本来は爽やかであるはずの朝日が、窓から斜めに伸びている。
来世は、里香を椅子に座らせると、彼女に見えないように瞳の顔にかかった布をめくった。
瞳の顔は、生前の美しさを損なうことなく、静かにあの世へ寝入っている。
来世は、目に力を込め、言の葉の魔眼を発動させた。
少しでも彼女の意思を拾い上げるため、深く集中力を高めていく。
「……ぬ」
いくつかの言葉が駆け抜けた。その中には、事件と関係があるものとないものがあった。
来世は瞼を閉じて、鼻から息を吐くと「俺ごときで良かったのか?」と呟き、静かに自身の顔を瞳の顔へと近づけていった。
「……すまん」
来世は顔を離すと、瞳の顔に布を戻し、静かに立ち上がった。
拳を強く握りしめ、来世は感情のままに椅子を蹴り飛ばす。
椅子は、壁に激突し、破片を床にまき散らした。
音は激しかった。だが、すぐに音は止み、里香の鼻をすする音だけが聞こえる。
「何故だ?」
激情が心の内だけでなく、言葉として表現された。
理解ができない。どうして、こんなことをする必要がある。絶対に問いただす。これは、自身と瞳に対する約束であった。
「里香」
「う、うう」
「里香!」
里香の肩がビクリと動く。
「悲しむのは後だ。俺たちは、依頼人の無念を晴らす必要がある。俺たちは何だ?」
「……わ、私達は魔眼屋です」
「そうだ。魔眼屋は、何でも屋だ。依頼人が望む結果になるまで、絶対に止まらない」
「そうです。と、止まりません」
「俺は魔眼屋の代表だ。そして、お前は俺の助手見習い……いや、助手だ」
「……う、はい、私は助手です」
「だったら、分かるな」
「は、はい。私、私達は真犯人に借りを返さなければなりません」
「そうだ」
里香は、立ち上がると涙を手で拭い、充血した目で来世の目を見た。
「やりましょう、来世さん」
「ああ、まずは犯人の特定と準備だな」
「準備?」
「相手は恐ろしい力を持っている。爆破をする手際と人を噛み殺すどう猛さ。まるで知性を持った獣だ」
「知性を持った獣……」
里香は喉をゴクリと鳴らした。
「残るは、伊藤、山内、吉川の三人。……クソ、宿泊している建物が別ってのが痛いな。誰が行動したのか把握しにくい」
来世がもどかしく感じるのも無理はない。
ペンションがある崖は、夜になれば月明りと各ペンションの部屋から漏れる光以外は光源がない。地面は、岩肌で足跡が残らず、海風を防ぐ障害物がないため、風の音が凄まじい。
つまり、犯人がその気になれば周りにほとんど悟られずに殺しを行うことは可能なのだ。
「ん? 待てよ。吉川は、西城が殺された時、何かが割れた音を二度聞こえたと証言したな。吉川は西城のペンションから見て斜め前にある。距離はそう離れていないとはいえ、聞こえないはずだ。まさか、瞳さんに全ての罪をきせるために証言した……とは考えられないか?」
「いえ、断言できませんよ。さっき、山内さんが教えてくれました。どうやら吉川さん、外で絵を描いていたって」
「何? そう証言したのか」
里香がコクリと頷くと、来世はため息を漏らした。
「こんな状況で絵だと? 犯人じゃないとすれば、よほど度胸があるようだな。……まあ、犯行時に風が止んでいて、外にいたのなら聞こえた可能性はあるか。で、山内は能天気に外で女二人の行動を見ていたわけだ」
「あ! 来世さん」
里香が興奮気味に来世に詰め寄った。
「もしかして山内さんが犯人じゃ。外に出て瞳さんが殺しを行うかどうかを見張っていた。その時に、吉川さんを目撃していたとしたらどうでしょう?」
「……なるほどな。可能性はあるか」
「きっとそうですよ。だから瞳さんは、山内さんを殺そうとしたんですよ」
「……スジは通ってる、が」
腑に落ちない。何かを見落としている気がする。
来世は先ほど、瞳を運ぶ際、言の葉の魔眼を発動して、山内の部屋もチェックしておいた。
しかし、猟奇的な思考は読み取れなかった。
それに瞳の凶行を止める際、ドア越しに断片的に聞こえた話声から考えても、どうも違うような気がしてならない。
「納得できませんか?」
「ああ、ん?」
ドアをノックする音がした。
来世は、里香を庇うように前に出ると、ドアに向かって声をかけた。
「誰だ?」
「伊藤です。朝になったので、見回りにきました。何かトラブルは起きませんでしたか?」
「ああ、そうか。あなたにまだ報告していませんでしたね」
来世は、瞳が亡くなったことを告げた。
「……そんな、古城様が。で、では三人も亡くなられてしまったのですか」
「残念ながら。ここは危険です。見回りは切り上げて、お部屋に戻っては」
「い、いえ。こんな事態になったのには、私にも責任があります。危険があろうと、見回りをしなくては。……失礼いたします」
足音が遠ざかる。
来世は、ドアの鈴を取り外し、ナイフを携えた上で慎重に開けた。
伊藤の背は、来世たちの真向かいにある吉川のペンションに進んでいる。来世は、さっきまで伊藤が立っていた場所を目視し、言の葉の魔眼を発動させた。
――特に変ではないな。
来世はドアを閉め、鈴を再び取り付けた。
「魔眼ですか?」
「ああ」
「それにしてもその鈴、どこで見つけたんです? 凄い音が鳴りますよね」
「だろ? 幸子が用意してくれたんだ。……ん?」
「あー、幸子ちゃんどうしてるのかな? 事務所で一人ぽっちで可哀そうだな」
心に刺さった棘を撫でられたような感触。
来世は、依頼を受けた瞬間から順に起こった出来事を一枚一枚めくるように思い出していく。
「あ」
ある記憶にたどり着き、来世は呆けたような声を出す。
「そうか。それならば……」
「来世さん?」
「里香、お前にまたやってもらうことができた」
小首をかしげる里香に、来世はやってもらうことの内容を説明しだした。