第100話 ケース4 姿見えぬ殺人鬼⑧

文字数 1,812文字

「どうでした?」

 出迎えてくれた里香の頭に来世は手を乗せると、全員を見渡した。

「調べて分かったことをお伝えします」

 要点をかいつまんで、分かりやすく情報を伝える。

 来世の言葉を聞くたびに、顔を歪める者、より青白くなる者。反応は様々だ。

「じゃあ、犯人は人間ってことですか?」

「ああ」

 里香の言葉に頷いた来世は、苦々しく吐き捨てるように言葉を紡ぐ。

「まだ推測の域を出ませんが、犯人は正面のドアから堂々と入ったと思われます。窓に異常が見られないので、そう考えるのが自然でしょう。

 ……ドアの鍵は開いていた。と、すると木村さんを油断させて彼女自身に室内へ招いてもらった犯人は、リビングで殺害。来た時と同様に入り口から外へ出た。私はその可能性が高いと考えます」

「え? ちょっと待ってください。ピッキングをして、室内に入った可能性もありますよね」

 瞳の発言に、来世は「もちろん」と頷いた。

「ピッキングも否定はできません。鍵穴を確認しましたが、ピッキングの傷跡らしきものは確認できなかった。しかし、腕の良い人物がピッキングを行えば、ほとんど痕跡を残さずに開錠することもできます。ただ、木村さんが亡くなった場所と室内の状況を考えると、ピッキングをしたとは、少々考えにくいです」

「はあ、どうして?」

 と山内が、大げさに肩をすくめた。

「良いですか。木村さんは、部屋ではなくリビングにいました。ベッドにいなかったことを鑑みるに、不安で寝れなかったのでしょう。 もし、起きている状態でリビングにいたのであれば、ピッキングの音が聞こえたはずです。

 急いで誰かに助けを求める、ドアにテーブルを置いてバリケードを作る、部屋に逃げて鍵をかけるなど、何らかのアクションをしたはずです。しかし、アクションをしたような痕跡はありませんでした。テーブルがひっくり返っていましたが、あれは犯人に襲われて抵抗した際にひっくり返ったと思われます。木村さんの右足のすね辺りに、細長い痣がありました。恐らく、暴れた際にテーブルを蹴り飛ばしたのでしょう」

 吉川は、片眉を上げた。

「私、木村さんの隣のペンションにいたけど、音らしきものは聞こえなかったわよ。もっとも、寝たり起きたりを繰り返していたから、聞き逃していたかもね」

 西城は、鼻で笑った。

「へ、てーことは、疑いもせずにドアを開けたわけだな。やっぱり頭が軽い姉ちゃんだな。生きてたら、たっぷり可愛がってやったのに」

 瞳がわずかに嫌悪感をあらわにしたが、声には出さなかった。

(……ここらで解散したほうが良さそうだな)

 落ち着かない様子の面々に、来世は大声で言葉を投げた。

「ひとまず解散にしましょう。本当は、複数人で集まった方が良いのですが、誰が犯人か分からない以上、ご自身の部屋にこもるしかない。……良いですか、誰が来てもドアを開けないこと。

 トイレは洋館にしかなかったので、外で用を足したいところですが、部屋でどうにか処理してください」

 良いですね、と最後に念を押し、来世は里香と瞳を連れて立ち去った。

 道すがら来世は、こっそりと里香に耳打ちする。

「よく聞け。木村さんは、人間に噛まれて死んだ。それも、ただ噛んで殺されたのではなく、食べられた」

「ええ、何ですそれ。……あ、もしかして魔眼の力で分かったんですか?」

「ああ。言の葉の魔眼でな」

「えっと、どんな魔眼でしたっけ?」

「……見た対象の残留思念を、大まかにだが文字として読み取る魔眼だ。残留思念とは、人が何かを強く念じた時に場所に残る感情や思考のこと。木村が倒れていた辺りには、「人、美味しい」という思念が残っていた」

 里香は、眉を寄せた。

「こ、この中に人食いの犯人がいるんですか?」

「ああ、そうだろうな。……古城さんには言うなよ。魔眼で得た情報なんて信じてくれないだろうし、これ以上精神的にダメージを負わせたくない」

 里香は、こっそりと瞳を盗み見た。

 彼女の顔は、白を通り越して土くれのような色になっており、死人じみた雰囲気を放っている。

 里香は、自身の胸の辺りに手を置いた。

「確かに、辛そうです。うん、分かりました」

「ん? お前は、意外と平気そうだな。人を食い殺すような強力な力を持つ奴が近くにいるんだぞ」

 里香は、少し硬いが笑ってみせた。

「来世さんが守ってくれますよね。だから、大丈夫」

「――フン、強がるな」

 軽く里香の頭を小突く。

 彼女は、恥ずかしそうに笑った。
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