第46話 ケース2 死神の足音㉒

文字数 956文字

 右手に小便器が三つ並び、左手前に手洗い場が一つ、左手奥に個室が一つある。

 来世は、左手で鼻を押さえながら、細やかに各部を確認していく。

(黒カビ、黄ばみ、最悪だな。掃除くらいちゃんと……ん?)

視界の隅に何か気になるものがあった。

ジッと、凝視すると、『閉』という文字が、小便器が取り付けられている壁の上部に刻まれているのが確認できた。

(閉じる、かな。壁に刻まれてだいぶ経っているな。他にもあるのか?)

 ぐるりと周囲の壁を見渡すと、すぐに同じ文字が発見できた。どうやら壁の四方上部に、この文字は刻まれているようだ。

 しかし、なぜ? 疑問が沸き起こったが、あまり長引くと堀が来てしまうかもしれない。

 来世は、スマホのシャッターを切り、すぐさま調査を続けた。

 このトイレットルームは、さほど広くはない。あらかた調べ終えた来世は、最後に個室の中へと足を踏み入れる。

 予想通り、個室の洋式便器も汚れきっていた。人の悪意を塗りたくったような汚れっぷりに、呆れを通り越して感心するしかない。

 脳を犯すような悪臭に、酸っぱい物が喉にせりあがってくる。

「う、うぷ」

 思わず吐きそうになり、来世は壁に手を突く。

 咄嗟のことだったので、掌底を叩きつけるような勢いだった。――それが幸いした。手に伝わる衝撃に、違和感を覚える。

 弾むような感触。硬い壁を触れた感じではない。

 注意して壁を見ると、切れ込み……らしき隙間がわずかにだが見て取れた。

 トントン、と叩いてみると、他の壁とは明らかに異なる響きがある。

 他に気になる点は、小さな穴があることだ。

(鍵穴か?)

 来世は懐からピッキング道具を取り出し、穴に差し込む。……この感触は、間違いない鍵穴だ。

 そう複雑なものではない。数秒足らずでカチャリ、と音が鳴り、A四サイズほどの扉が手前に開いた。

 来世は息をのむ。中にあったのは、藁の人形、虫の死骸、歪な形のナイフ等々……。これら呪いの品々の中でも、特に目を引いたのは、黒い鈴だ。

 ドクン、と心臓が高鳴る。見つけた。浜 幸子がいう鈴とはこれのことだ。

 ――だが、どうする?

 呪いの品は簡単に触れてよい物ではない。しかし、すぐに対処しなければまずい。そう強烈に感じさせるものが、この光景にはあった。

 壊すべきか否か。汗がこめかみから一筋流れる。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み