第30話 ケース2 死神の足音⑥

文字数 1,451文字

 相変わらず寒い朝空の下、俺は路地を歩く。

 通勤・通学の時間には、まだいくばくかの猶予がある。人通りはまばらで、そもそもこの路地には人はあまり通らない。

 どうやら深夜にでも雨が降ったようだ。しっとりと濡れた地面は、太陽光を律儀に反射している。

 俺は、魔眼屋の前に到着すると、鍵を取り出し、鍵を開けた。

 ガタン、と中から何かにぶつかったような物音が聞こえる。どうやら、起きているようだ。

「岩崎さん、朝食にしましょう。コンビニ弁当で申し訳ないがね」

 俺は扉を開け、事務所のソファに居心地悪そうに横になっている岩崎に、コンビニ袋を差し出した。

「な、なんだ。来世さんでしたか。てっきり、怨霊が来たと思いました」

「……まあ、そう思っても仕方ないでしょう。だが、今までの傾向から察するに、怨霊は夜に現れるものらしい。日中は大丈夫と考えて良いでしょう」

「はあ、おっしゃる通りだ。……ずっと、日中なら良いのにな」

 自分でも馬鹿げたセリフだと思ったのか、岩崎は鼻で笑い、コンビニ弁当をまずそうに口へ運んだ。

 ……さて、俺も食うとしよう。本当は飯を作りたかったが、正直時間が惜しい。

 鮭おにぎりを二個食べ、支度にとりかかる。岩崎は、食欲がないのか、ハンバーグを食い終えたあたりで箸を置いた。

「あの、来世さん。今日は、どうするんですか?」

 遠慮がちな様子で岩崎が問う。……ああ、そうか。こいつは昨日、俺の事務所で泊まると言い出して以降、心ここにあらずといった様子だった。俺と里香の話を聞いていなかったのだろう。

「まずは怨霊に対する守りを固める。俺の知り合いに、オカルト方面のグッズを扱っている奴がいましてね、そいつの店で最低限身を守れるようにしましょう。前にお渡ししたものよりも、強力なアイテムがあるはずです」

 岩崎は、全力で頷く。実は、昨日岩崎には簡易的な結界として機能するお札を渡していた。だが、よほど怨霊の力が凄まじいらしい。札は、ボロボロに破けていた。

 俺は、岩崎を伴い、事務所を後にする。

 道すがら、今後の方針を話す。

「怨霊に対処する方法は、主に二つです。一つが除霊。ただ、これはあくまで一時的な対処法にすぎません。霊を追い払うだけで、霊そのものがいなくなったわけではないからです。

 もう一つの方法である浄霊を行うのが最も理想的でしょう。霊をあの世へ導くのが浄霊です。成功すれば、二度とあの女の子は現れないでしょう」

 岩崎は、興奮したように頷いた。

「じゃ、じゃあ助かるんですね。どうしたら良いんですか?」

「落ち着いて。どちらの方法も、霊能力者がいなければ話になりません。あいにく俺は霊能力者ではありません。これから行く店で、専門家を紹介してもらいます」

 岩崎は、露骨に不安げな顔をした。

「ら、来世さんが退治してくれるわけではないんですね」

「申し訳ございません。退治できる場合もあるのですが、今回は無理です。あなたと専門家のサポートとして立ち回らせてもらいましょう」

「そ、そんな。高い金を払ってるんです。サポートをするだけなんて」

 岩崎は叫ぶ。……まあ、気持ちは分かるが、納得するまで説明するのも面倒だ。

「岩崎さん。大事なのは結果です。方法がどうであれ、あなたが助かれば良いのです。俺は最善の手を打っているだけ。……それで、ひとまずは納得してもらえませんか?」

 岩崎は、渋々といった様子で頷いた。
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