第84話 ケース3 春、去り際に燃ゆる想い㉒
文字数 1,772文字
男たちは懐からハンドガンを取り出すと、来世に銃口を向ける。
「剛さんを倒すとは。噂はかねがね伺っておりましたが、話に聞く以上の強さだ。……申し遅れました。私は四条 卓と申します。以後お見知りおきを、来世 理人様」
来世は、鼻で笑う。
「これはこれはどうもご丁寧に。以後お見知りおきを、と言っておきながら殺す気全開なのは流行りのジョークなのか?」
「フフフ、この状況下でその余裕。大層肝が据わってらっしゃる。……どうしたものか。あなたを殺せば、今後商売がしやすくなるのは間違いがない。ですが、剛さんにとってあなたは倒すべき敵であり目標です。もし、私があなたを始末してしまえば、がっかりしてしばらくはヤケ酒に理不尽な暴力三昧でしょうね」
――クハハハハ。
笑い声は、下の方から聞こえる。地面にうつ伏せで倒れている獅子王が、そのままの姿勢で笑っているのだ。
「ああ、いちち。ちょっち意識が飛んでいた。あー卓、引き上げだ。この男が無策で乗り込むわけがないねえ。オメーさんが指示を下した瞬間、何が起こるか分からんぞ? それにな……」
獅子王は、ふらつく体を意思の力で強引に動かして、上半身を起こした。心配そうに駆け寄った四条。
――鞭を打ったような音が鳴る。四条が頬を押さえ、キョトンとする。そんな彼に、肉食獣の瞳を獅子王は向けた。
「俺に、恥をかかせるんじゃねえ。漢の約束だ。今回の件は見なかったことにしろ。あと……」
「い、いえ失礼しました。分かっています」
四条は、創太に近寄るとスマホを叩きつけるように渡した。
「このスマホを持っていなさい。借金を半分は肩代わりしますが、残り半分はあなたが責任をもって返済するのです。きちんと返済するまで、定期的に連絡します。もし、電話に出なかったり、スマホを破壊したり、逃げようとしたりするならば、残念ですが死んでもらいます。これ以上、あなたの借金で面倒ごとが増えるのはご遠慮願いたい」
「へ、あー、そうっすか。冗談……じゃ、ねーんすよね」
創太は、愛想笑いを浮かべるが、すぐに笑みをひっこめた。四条はゴミを見るような目つきで創太を睨んだ後、獅子王のもとへ駆けよった。
「肩を貸しましょう。おい、お前ら撤退だ」
「いらねーよ。こんくらい気合でどうにかならー」
「ご冗談を。立ち上がれないんでしょう?」
獅子王は顔面にありありと「面白くねえ」という意思を張り付かせながら、結局四条の肩を借りる。
組員を背後に引き連れながら、獅子王は出口へと向かいドアを開けた。開け放たれたドアからは、雨のニオイを含んだ風が入り込む。ねっとりとした嫌な風だが、淀んだ地下の空気よりはましだ。少しばかり、涼やかになった気になる。
獅子王は、片手をあげ、ひらひらと左右に振った。
「楽しかったぜ、来世よ。オメーさんとまた戦える日を心待ちにしておく」
来世は、長く息を吐く。
「冗談じゃない。面倒ごとは嫌いだ」
「へ、そうかい。でも、オメーさんがその仕事を続ける限りは、絶対殴り合うことになるだろう。嫌なら、サラリーマンにでも転職するんだな」
「つまらない冗談だ。お前こそ足を洗えば良いのでは? そうしたら俺が雇ってやるよ。事務所のお茶くみとしてな」
「は! そいつぁ」
――つまらない冗談だ、と言い残し獅子王は階段を上っていく。
室内には、来世と創太、気絶した亮、そして落ち着かない様子の後輩たちだけが残された。
「な、なあ」
創太が前方に手を伸ばし、後輩たちへ声をかける。
ずっと、一緒だった。裏切られたのは自分のせい。だから、チャンスをくれ。
(頭を下げよう。そうすりゃきっと)
甘えた考えだと、自覚はあった。だが、それしか知らない。
高校の頃、陸上のスターだったのが一転。暴力事件を起こしてしまい棒に振ってしまった。退部後は、自分を慕っていた仲間と辛い現実から逃げるように生きてきたのだ。
真正面からぶつかり、実直に努力する道を忘れた。けれどもそれは、後輩たちだって一緒のはず。
――同じゴミ糞なんだ。きっと、俺の言葉に耳を貸すはず。
そう信じていた創太の手を、後輩たちは払った。
「もう話しかけてくるな。連絡先も消しておく。……じゃあな」
積み上げてきた時間に比べ、別れの言葉は数秒にも満たない。
後輩たちは、創太の存在を忘れてしまったように無表情で去っていった。
「剛さんを倒すとは。噂はかねがね伺っておりましたが、話に聞く以上の強さだ。……申し遅れました。私は四条 卓と申します。以後お見知りおきを、来世 理人様」
来世は、鼻で笑う。
「これはこれはどうもご丁寧に。以後お見知りおきを、と言っておきながら殺す気全開なのは流行りのジョークなのか?」
「フフフ、この状況下でその余裕。大層肝が据わってらっしゃる。……どうしたものか。あなたを殺せば、今後商売がしやすくなるのは間違いがない。ですが、剛さんにとってあなたは倒すべき敵であり目標です。もし、私があなたを始末してしまえば、がっかりしてしばらくはヤケ酒に理不尽な暴力三昧でしょうね」
――クハハハハ。
笑い声は、下の方から聞こえる。地面にうつ伏せで倒れている獅子王が、そのままの姿勢で笑っているのだ。
「ああ、いちち。ちょっち意識が飛んでいた。あー卓、引き上げだ。この男が無策で乗り込むわけがないねえ。オメーさんが指示を下した瞬間、何が起こるか分からんぞ? それにな……」
獅子王は、ふらつく体を意思の力で強引に動かして、上半身を起こした。心配そうに駆け寄った四条。
――鞭を打ったような音が鳴る。四条が頬を押さえ、キョトンとする。そんな彼に、肉食獣の瞳を獅子王は向けた。
「俺に、恥をかかせるんじゃねえ。漢の約束だ。今回の件は見なかったことにしろ。あと……」
「い、いえ失礼しました。分かっています」
四条は、創太に近寄るとスマホを叩きつけるように渡した。
「このスマホを持っていなさい。借金を半分は肩代わりしますが、残り半分はあなたが責任をもって返済するのです。きちんと返済するまで、定期的に連絡します。もし、電話に出なかったり、スマホを破壊したり、逃げようとしたりするならば、残念ですが死んでもらいます。これ以上、あなたの借金で面倒ごとが増えるのはご遠慮願いたい」
「へ、あー、そうっすか。冗談……じゃ、ねーんすよね」
創太は、愛想笑いを浮かべるが、すぐに笑みをひっこめた。四条はゴミを見るような目つきで創太を睨んだ後、獅子王のもとへ駆けよった。
「肩を貸しましょう。おい、お前ら撤退だ」
「いらねーよ。こんくらい気合でどうにかならー」
「ご冗談を。立ち上がれないんでしょう?」
獅子王は顔面にありありと「面白くねえ」という意思を張り付かせながら、結局四条の肩を借りる。
組員を背後に引き連れながら、獅子王は出口へと向かいドアを開けた。開け放たれたドアからは、雨のニオイを含んだ風が入り込む。ねっとりとした嫌な風だが、淀んだ地下の空気よりはましだ。少しばかり、涼やかになった気になる。
獅子王は、片手をあげ、ひらひらと左右に振った。
「楽しかったぜ、来世よ。オメーさんとまた戦える日を心待ちにしておく」
来世は、長く息を吐く。
「冗談じゃない。面倒ごとは嫌いだ」
「へ、そうかい。でも、オメーさんがその仕事を続ける限りは、絶対殴り合うことになるだろう。嫌なら、サラリーマンにでも転職するんだな」
「つまらない冗談だ。お前こそ足を洗えば良いのでは? そうしたら俺が雇ってやるよ。事務所のお茶くみとしてな」
「は! そいつぁ」
――つまらない冗談だ、と言い残し獅子王は階段を上っていく。
室内には、来世と創太、気絶した亮、そして落ち着かない様子の後輩たちだけが残された。
「な、なあ」
創太が前方に手を伸ばし、後輩たちへ声をかける。
ずっと、一緒だった。裏切られたのは自分のせい。だから、チャンスをくれ。
(頭を下げよう。そうすりゃきっと)
甘えた考えだと、自覚はあった。だが、それしか知らない。
高校の頃、陸上のスターだったのが一転。暴力事件を起こしてしまい棒に振ってしまった。退部後は、自分を慕っていた仲間と辛い現実から逃げるように生きてきたのだ。
真正面からぶつかり、実直に努力する道を忘れた。けれどもそれは、後輩たちだって一緒のはず。
――同じゴミ糞なんだ。きっと、俺の言葉に耳を貸すはず。
そう信じていた創太の手を、後輩たちは払った。
「もう話しかけてくるな。連絡先も消しておく。……じゃあな」
積み上げてきた時間に比べ、別れの言葉は数秒にも満たない。
後輩たちは、創太の存在を忘れてしまったように無表情で去っていった。