第101話 ケース4 姿見えぬ殺人鬼⑨

文字数 1,121文字

「たくよ、うっく。んでこんなことにならあーな」

 西城は、空になったグラスに琥珀色の液体を並々と注ぐと、一気に飲み干した。

 しん、と静まり返ったリビングは彼一人だ。はあ、と重々しく酒臭い吐息を漏らし、頭を抱える。

 こんな、こんなことになるならば、馴染みの飲み屋にでも行っていれば良かった。

「気まぐれで参加するもんじゃねーな」

 ぼんやりと参加者の女たちを思い浮かべる。

 殺人事件なんて白けることが起きなければ、今回参加したのは外れではない。むしろ大当たりだ。

 どの女も男心をくすぐる見た目や性格をしている。

「へ、へへ。体の良さは、古城の姉ちゃんかな。いやいや、あの若い里香とかいう女子高生も良いよな。胸がデカくて、ああ、たまんねえだろうな。ま、吉川の姉ちゃんは、二人に比べれば体はいまいちだけど、あの態度が良い。ああいう冷たくて気の強い女を、めちゃめちゃにできれば、こ、ヒック、興奮するぜ」

 西城は、真っ赤になった頬をさらに赤く染め上げ、誰に聞かせるわけでもなく、高らかに笑った。

 ――コンコンコン。

「んあ?」

 ドアがやかましく鳴る。

 西城は、椅子からのっそりと立ち上がると、ふらふらと歩を進めた。だが、足を止める。

(待て、こんな時に誰だ? ま、まさか、殺人犯じゃねえよな。冗談じゃねえぞ。人を噛み殺すなんざ、どんな屈強な野郎だよ。お、俺じゃ勝てねえ)

 だらしなく飛び出た自身の腹をさすり、生唾を飲み込む。

 心地よい酔いは、水蒸気となって頭から抜き出てしまったようだ。ひどくクリアになった意識で周囲を探し、シンク下の戸棚から包丁を手に入れた。

「だ、誰だ?」

 指が白くなるほど包丁を握りしめながら、そう問いかけると、数秒もせずに返答があった。

「あ、何だ、あんたか。なんのようだい?」

 西城は、体からわずかに力を抜く。

 びっくりさせやがって。だが、念のために。

 西城は扉をすぐには開けず、再度、訪問の理由を尋ねた。

「……本当に? た、大変だ。すぐに扉を開けるぜ」

 西城はドアの鍵を開け、来訪者を招く。

 来訪者は、西城の手に握られた物を見て、小さく鋭い叫び声をあげた。

「あ、ああ。悪かった。てっきり殺人犯かと思ったんだ。へ、へへ」

 西城は、シンクに包丁を放り込むと、ドアの鍵を閉めてから来訪者の顔を眺めた。

「そんで、詳しい話をっと! お、おい。へ、へへ。そうだよな、怖かったよな」

 唐突に来訪者が、西城の胸へと飛び込む。

 ――ああ、心地良いぜ。よ、よしこのまま。

 緩みきった顔、高鳴る鼓動。思考は、アルコールよりも甘美な誘惑によって蕩けていく。

 ……そんな状態では、状況を正確に把握することはできないだろう。

 来訪者の手には、鋭利な刃物が握られていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み