第24話 ケース1 女子高校生失踪事件㉓~完~
文字数 3,521文字
「この、麻薬はな。人を言いなりの人形にしてしまう効能がある。元々は、諜報機関が使用していた自白剤を発展させた麻薬と言われているが、事実は明らかになっていない。
だが、効能は本物だ。この麻薬を摂取し続けると、自分で物事を判断することができなくなり、最終的には命じられたことだけを忠実に守る状態になる。あの女は、この麻薬の効能をより強力に作用させる役割を担っていたというわけだ」
気持ちが悪い。私は、目の前にある麻薬に、憎悪の刃が向くのを、嫌でも自覚せざるを得なかった。
と、ふいに来世さんに頭をポンポンと叩かれた。
「ちょ、は?」
「卑劣な物、いやこの場合は者も含むだろうが、憎むのは仕方がない。だが、強い憎しみは、自分自身も焼き尽くす。ろくなものではない。飲まれるな」
むう、わーてます。でも、その気遣いちょっと嬉しかったり。
……恥ずかしいので、わざとらしく大きく咳をする。
「来世さん、犯人たちは結局、何がしたかったんですか?」
来世さんは答えず、初めて紅茶を飲んだ。じっくりと、時間をかけて飲み込み、カップを置いた。
と、思ったら、今度はジロリ、と私の目を真正面から見つめ、やや小さな声でつぶやく。
「あいつらは、少女たちを海外の大金持ちどもに売り飛ばしていたんだ。なんでも言うことを聞くペットとして」
「な! そんな」
「それだけじゃない。少女たちは、麻薬の効果を証明する実験体でもあった。ドールの効果が本物であれば、こぞって買いたがる連中はごまんといるだろう。……今は、六時か。フ、そろそろ口を割った頃だろ」
そろそろ、って何だろう? 教えて、と言った私の言葉を来世さんは無視。
彼は立ち上がり、デスクの上にあった小さな液晶テレビをこちら側に向けて、電源をつけた。
電源が入ったことを知らせるランプが灯り、寝ぼけたように遅れて画面に映像が映し出される。
「こんばんは。本日はこちらのニュースからお伝えいたします。えー、女子高校生失踪事件に進展がありました」
「し、進展」
デスクに近寄って、ニュースキャスターのオジサンの姿をガン見する。テレビの向こうのオジサンは、ゆっくりと丁寧な口調で手元の用紙を読み上げる。もう、早く読んでよ。
「……犯人グループの一人である自称霊媒師の大本 信子は、ドールと呼ばれる麻薬を用いて女子高生を洗脳した、と供述しており、さらに被害にあった女子高校生は、これまでに百人近くいることが明らかとなりました。
これにより、本件とは無関係と目されていた失踪事件にも何らかの関係性がある可能性が浮上したとして、警察は捜査を続けております」
私は、テレビに噛みつく勢いで画面に近づいたが、どうやらそれ以上のことはわかっていないようだ。キャスターは、表情を変えず、次の話題に変えた。
「ら、来世さん。冷夏よりも先に被害に遭っていた子は、どうなったの?」
「……恐らくは、とっくに海外へ売り飛ばされているだろうな。可哀そうだが、戻ってこれるかどうかは、運しだいといったところだろう」
「そんな。来世さんの不思議な目でどうにかならないんですか? だって、あんなに凄い力があるんでしょ。きっと、すぐにでも。う!」
言葉が、出ない。来世さんが、とても悲しそうな眼をしている。涙は出ていないけど、胸が痛いほど、悲しそうだ。ギュッと、私は自分の心臓辺りを握りしめた。
……来世さんが私を見て、私が来世さんを見る。そんな時間が、ずっと続くような気がした。けど、
「無理だ」
しびれを切らしたように、来世さんは息を吐いた。
「俺だって人間だ。どれだけ鍛えても、どれだけ知識を蓄えても、どれだけ経験を積んでも……どれだけ特殊な力を持っていても、人間なんだ。全部を救えるほど、大きな存在ではない」
――淡々と吐き出された言葉は、私にはどうしてだか強い感情がへばりついているような気がした。
あーうん、わかっていた。わかっていたけど、あまりにも来世さんが凄い人だから、つい甘えたことを言ってしまった。反省しよう。
来世さんは、私に歩み寄ると、また、頭を叩いた。今度のポンポンは、さっきよりもっと、ずっと、優しかった。
「だが、冷夏という子については心配しなくても良い。俺の魔眼の力によって、洗脳に関する一切が無効化された。ドールの強力な依存性もないと考えて良い」
ほう、と吐息を吐いた。良かった、冷夏は問題ないんだね。
と、思った私の眼前に、来世さんの鋭い指が突き付けられた。
「だが、安心は禁物だ」
「え、だってさっき」
「だってもかかしもない。洗脳自体は解いた。けどな、事件の記憶を消し去ったわけじゃない。冷夏って子は、一時的に忘れてるだけで、そのうち思い出す時が来るだろう。
恐ろしい、心を震わせる記憶がな。その時、支えになってやれるのは、家族や友達といった身近な連中だけだろう。お前、あの子と長い付き合いか? 小学校からの? だったら、傍にいてやれ。それだけで心強いだろう」
……うん、この人やっぱり良い人だなー、と他人事みたいにそんな言葉が浮かぶ。なんというか、来世さんは見た目が損している。かっこいいけど、怖い。
「おい、真面目に聞いてるのか」
「はーい、聞いてます。その、なんていうか、うん、ありがとうございます。冷夏のことは、私がきっちり支えますとも。へえ、安心したら疲れちゃった」
どっかりと、ソファに身体を沈める。
ぐるぐると、考えが浮かんでは消えていく。
……そういえば、冷夏が失踪したのは、この人と出会った翌日だった。全然悩んでいるようには見えなかったのに、怖い思いをしていたんだ。いや、待てよ。あの子のことだから、私と別れた後に、画像が送られてきて即行動に移したのかな? ああ、なんか、そんな気がする。頭が良い子だけど、思い込みが激しいったら。
「あ!」
鎖骨と鎖骨の間に触れた金属の感触に、ふと思い当たる。
「来世さん、私の形見の指輪。あれ見つけたの魔眼の力でしょう?」
「形見の……ああ、そうだ」
「ど、どんな魔眼の能力なんですか?」
ソファから立ち上がり、デスクの前で立ったままの来世さんに詰め寄る。
……詰め寄るけど、彼の背が高すぎて、逆に威圧されちゃうんですけど。
「どんなって、か……いや、どんな能力だったか当ててみろ」
フワリ、と微笑んだ。こ、この男、天然のタラシか。不覚にも心臓がダイナミックに鳴る。
「見破りの魔眼、違う? じゃあ、丸見えの魔眼? 探し物の魔眼」
「どれも違う。よく俺の目を観察してみろ」
え? お、おうともさ。……何の変哲もない黒い瞳。でも、不思議で頼りになる瞳。えへへ、素敵。
って、んなこと思ってる場合じゃないし。だあ、もう。
「わかんない。わかんないから、私ここで引き続き働きますね」
「はあ? 意味が分からん。だいたい、前は一度っきりの単発バイトとして雇ったんだ。俺に助手は必要ない」
「またまた、本当は必要なんでしょう。遠慮しないで、私、ガンガン働きますよ。あ、前働いた時の給料、まだもらってない。ほら、払ってください」
私は、嫌そうな顔をする来世さんの手からお札をかっさらうと、大声で笑った。
……正直、にはなれない。本当は、恩返しのつもり。役立つか分からないけど頑張る。
それと、理由はもう一つある。
「ん? お前の夢は漫画家か」
――イマナンテイッタ。は? ちょ、どうして?
混乱極め中の私。彼はニヤリ、と笑った。
「夢バラシの魔眼。役に立たない魔眼だと思ったが、意外なところで役立ったな。は、はは。そうかそうか、だったら俺のもとで働くのは、良いネタ探しになって良いかもしれないな」
「ちょっと、そんな笑います。腹立つ、パワハラ、違った。セクハラだ」
「意味が違う。頭が悪い娘だ」
「何だとー!」
思いっきり、来世さんに飛びかかる。
「おわ!」
けど、投げ飛ばされて、ソファの上ではねた。……ついでに、カップがひっくりかえって、私の顔にかかった。
幸い冷めてたので、火傷はない。むしろ、紅茶の素敵な匂いが鼻をくすぐる。
……ともあれ、私はこの日を境に、彼の助手として本格的に働くことになった。
安物のティーパックで淹れた紅茶を飲むと、どうしてもあの時の出来事を思いだしてしまう。そのたび、ちょっと頬が緩むのは内緒だ。
だが、効能は本物だ。この麻薬を摂取し続けると、自分で物事を判断することができなくなり、最終的には命じられたことだけを忠実に守る状態になる。あの女は、この麻薬の効能をより強力に作用させる役割を担っていたというわけだ」
気持ちが悪い。私は、目の前にある麻薬に、憎悪の刃が向くのを、嫌でも自覚せざるを得なかった。
と、ふいに来世さんに頭をポンポンと叩かれた。
「ちょ、は?」
「卑劣な物、いやこの場合は者も含むだろうが、憎むのは仕方がない。だが、強い憎しみは、自分自身も焼き尽くす。ろくなものではない。飲まれるな」
むう、わーてます。でも、その気遣いちょっと嬉しかったり。
……恥ずかしいので、わざとらしく大きく咳をする。
「来世さん、犯人たちは結局、何がしたかったんですか?」
来世さんは答えず、初めて紅茶を飲んだ。じっくりと、時間をかけて飲み込み、カップを置いた。
と、思ったら、今度はジロリ、と私の目を真正面から見つめ、やや小さな声でつぶやく。
「あいつらは、少女たちを海外の大金持ちどもに売り飛ばしていたんだ。なんでも言うことを聞くペットとして」
「な! そんな」
「それだけじゃない。少女たちは、麻薬の効果を証明する実験体でもあった。ドールの効果が本物であれば、こぞって買いたがる連中はごまんといるだろう。……今は、六時か。フ、そろそろ口を割った頃だろ」
そろそろ、って何だろう? 教えて、と言った私の言葉を来世さんは無視。
彼は立ち上がり、デスクの上にあった小さな液晶テレビをこちら側に向けて、電源をつけた。
電源が入ったことを知らせるランプが灯り、寝ぼけたように遅れて画面に映像が映し出される。
「こんばんは。本日はこちらのニュースからお伝えいたします。えー、女子高校生失踪事件に進展がありました」
「し、進展」
デスクに近寄って、ニュースキャスターのオジサンの姿をガン見する。テレビの向こうのオジサンは、ゆっくりと丁寧な口調で手元の用紙を読み上げる。もう、早く読んでよ。
「……犯人グループの一人である自称霊媒師の大本 信子は、ドールと呼ばれる麻薬を用いて女子高生を洗脳した、と供述しており、さらに被害にあった女子高校生は、これまでに百人近くいることが明らかとなりました。
これにより、本件とは無関係と目されていた失踪事件にも何らかの関係性がある可能性が浮上したとして、警察は捜査を続けております」
私は、テレビに噛みつく勢いで画面に近づいたが、どうやらそれ以上のことはわかっていないようだ。キャスターは、表情を変えず、次の話題に変えた。
「ら、来世さん。冷夏よりも先に被害に遭っていた子は、どうなったの?」
「……恐らくは、とっくに海外へ売り飛ばされているだろうな。可哀そうだが、戻ってこれるかどうかは、運しだいといったところだろう」
「そんな。来世さんの不思議な目でどうにかならないんですか? だって、あんなに凄い力があるんでしょ。きっと、すぐにでも。う!」
言葉が、出ない。来世さんが、とても悲しそうな眼をしている。涙は出ていないけど、胸が痛いほど、悲しそうだ。ギュッと、私は自分の心臓辺りを握りしめた。
……来世さんが私を見て、私が来世さんを見る。そんな時間が、ずっと続くような気がした。けど、
「無理だ」
しびれを切らしたように、来世さんは息を吐いた。
「俺だって人間だ。どれだけ鍛えても、どれだけ知識を蓄えても、どれだけ経験を積んでも……どれだけ特殊な力を持っていても、人間なんだ。全部を救えるほど、大きな存在ではない」
――淡々と吐き出された言葉は、私にはどうしてだか強い感情がへばりついているような気がした。
あーうん、わかっていた。わかっていたけど、あまりにも来世さんが凄い人だから、つい甘えたことを言ってしまった。反省しよう。
来世さんは、私に歩み寄ると、また、頭を叩いた。今度のポンポンは、さっきよりもっと、ずっと、優しかった。
「だが、冷夏という子については心配しなくても良い。俺の魔眼の力によって、洗脳に関する一切が無効化された。ドールの強力な依存性もないと考えて良い」
ほう、と吐息を吐いた。良かった、冷夏は問題ないんだね。
と、思った私の眼前に、来世さんの鋭い指が突き付けられた。
「だが、安心は禁物だ」
「え、だってさっき」
「だってもかかしもない。洗脳自体は解いた。けどな、事件の記憶を消し去ったわけじゃない。冷夏って子は、一時的に忘れてるだけで、そのうち思い出す時が来るだろう。
恐ろしい、心を震わせる記憶がな。その時、支えになってやれるのは、家族や友達といった身近な連中だけだろう。お前、あの子と長い付き合いか? 小学校からの? だったら、傍にいてやれ。それだけで心強いだろう」
……うん、この人やっぱり良い人だなー、と他人事みたいにそんな言葉が浮かぶ。なんというか、来世さんは見た目が損している。かっこいいけど、怖い。
「おい、真面目に聞いてるのか」
「はーい、聞いてます。その、なんていうか、うん、ありがとうございます。冷夏のことは、私がきっちり支えますとも。へえ、安心したら疲れちゃった」
どっかりと、ソファに身体を沈める。
ぐるぐると、考えが浮かんでは消えていく。
……そういえば、冷夏が失踪したのは、この人と出会った翌日だった。全然悩んでいるようには見えなかったのに、怖い思いをしていたんだ。いや、待てよ。あの子のことだから、私と別れた後に、画像が送られてきて即行動に移したのかな? ああ、なんか、そんな気がする。頭が良い子だけど、思い込みが激しいったら。
「あ!」
鎖骨と鎖骨の間に触れた金属の感触に、ふと思い当たる。
「来世さん、私の形見の指輪。あれ見つけたの魔眼の力でしょう?」
「形見の……ああ、そうだ」
「ど、どんな魔眼の能力なんですか?」
ソファから立ち上がり、デスクの前で立ったままの来世さんに詰め寄る。
……詰め寄るけど、彼の背が高すぎて、逆に威圧されちゃうんですけど。
「どんなって、か……いや、どんな能力だったか当ててみろ」
フワリ、と微笑んだ。こ、この男、天然のタラシか。不覚にも心臓がダイナミックに鳴る。
「見破りの魔眼、違う? じゃあ、丸見えの魔眼? 探し物の魔眼」
「どれも違う。よく俺の目を観察してみろ」
え? お、おうともさ。……何の変哲もない黒い瞳。でも、不思議で頼りになる瞳。えへへ、素敵。
って、んなこと思ってる場合じゃないし。だあ、もう。
「わかんない。わかんないから、私ここで引き続き働きますね」
「はあ? 意味が分からん。だいたい、前は一度っきりの単発バイトとして雇ったんだ。俺に助手は必要ない」
「またまた、本当は必要なんでしょう。遠慮しないで、私、ガンガン働きますよ。あ、前働いた時の給料、まだもらってない。ほら、払ってください」
私は、嫌そうな顔をする来世さんの手からお札をかっさらうと、大声で笑った。
……正直、にはなれない。本当は、恩返しのつもり。役立つか分からないけど頑張る。
それと、理由はもう一つある。
「ん? お前の夢は漫画家か」
――イマナンテイッタ。は? ちょ、どうして?
混乱極め中の私。彼はニヤリ、と笑った。
「夢バラシの魔眼。役に立たない魔眼だと思ったが、意外なところで役立ったな。は、はは。そうかそうか、だったら俺のもとで働くのは、良いネタ探しになって良いかもしれないな」
「ちょっと、そんな笑います。腹立つ、パワハラ、違った。セクハラだ」
「意味が違う。頭が悪い娘だ」
「何だとー!」
思いっきり、来世さんに飛びかかる。
「おわ!」
けど、投げ飛ばされて、ソファの上ではねた。……ついでに、カップがひっくりかえって、私の顔にかかった。
幸い冷めてたので、火傷はない。むしろ、紅茶の素敵な匂いが鼻をくすぐる。
……ともあれ、私はこの日を境に、彼の助手として本格的に働くことになった。
安物のティーパックで淹れた紅茶を飲むと、どうしてもあの時の出来事を思いだしてしまう。そのたび、ちょっと頬が緩むのは内緒だ。