第49話 ケース2 死神の足音㉕

文字数 1,210文字

「うー、寒」

 今日は暖かいが、さすがに冬であることに変わりはなく。青空の下、ジッと待つと身体はだんだんと冷えてくる。

 里香は、ウロウロと行ったり来たりを繰り返して、寒さを紛らわせる。と、岩崎の会社の入り口からようやく待ち人が現れた。

「来世さん、遅いですよ」

「あ、忘れていたな」

「ひど! 信じられない」

 肩をすくめ、彼女の怒りをいなした来世は、紙片を取り出した。

「それは?」

「買い物リストだ。奇々怪々については前に説明したな。あいつの店に行って、リストにあるものを揃えてくれ」

 里香は、恐る恐る紙片を受け取る。

「分かりました……」

「不安か? 大丈夫、あいつは気持ち悪くて、不愉快な男だが、仕事はしっかりする。買い物くらい問題ないよ」

「うーん、全く安心できなさそうなんですけど、了解です。じゃあ、行ってきますね。来世さんは、事務所で待機!」

 弾むようなステップで里香は駆けていく。

「俺に待機を命じるなんざ、百年早いんだよ小娘」

 来世はぼやき、鼻を鳴らした。

 あいにく、休むわけにはいかない。

 山ほど準備をすることがあるのだ。

 来世は、スマホを取り出すと画面を操作し、電話をかけた。

 ※

「はい」

 木製の扉を叩く、子気味良いノック音に、五代儀いよぎ 譲三じょうぞうは、元気よく返事をした。

「佐藤 勉 様がお目見えです」

「おお、来たか。どうぞ、中へお入りください」

 案内係の女が扉を開け、佐藤さとう 勉つとむこと来世を室内へと案内した。

 来世は、恭しく頭を下げ、名刺を差し出す。

「おお、これはこれはご丁寧に。では、私のもどうぞ。……ふーん、フリーの記者として活動なさっていると。良いですな。これからの時代、自分一人の力で稼げると心強いでしょう」

「いえ、その日暮らしに近い生活ですよ。安定した暮らしとは無縁で、困ったものです」

 来世は受け取った名刺に目を落とす。

 ――夕京大学 民俗学教授 五代儀 譲三と書かれている。

「さあ、どうぞおかけください」

 五代儀は、パイプ椅子に乗った本をどかし、そこへ来世を座るように促した。

「やや、すいません。普段、あまり客人など来ないものですから、まともな椅子も用意しとらんのです」

「いえ、構いませんよ」

 そうは言ったが、内心、来世は苦笑していた。

 五代儀の部屋は、六畳ほどの広さしかなく、左右の壁はぎっしりと本がつまった本棚に挟まれている。これだけでも窮屈に感じるが、足元やデスクの上にも散らばっている本のせいで、息が詰まるような錯覚を抱かせる。

「お茶かコーヒーはいりますかな? それよりも早く話をしますか?」

「では、話を。少々急いでいるもので」

 五代儀は口笛を吹きながら、来世の正面にあるデスクに座った。

 五代儀は五十歳の男で、薄くなった白髪に反比例して濃い髭をたくわえている。前にでかでかと突き出した太鼓腹も相まって、サンタクロースを連想させた。

「おう、そうですか。それで、何が聞きたいんです」
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