第72話 ケース3 春、去り際に燃ゆる想い⑩
文字数 958文字
――お、俺は夢を見てんのか?
徳大寺 創太、二十四歳。
彼の人生において、これほど圧倒的な男を見たことがなかった。
こちらの数は十人。あちらは一人だ。高校の後輩たちに頼み込んで、彼らの根城にかくまってもらった。正直、これでしばらくは身を隠せると思っていたのだが、創太の目論見は見事に外れる。
「ひぃぃ、創太さん助けて、げえ……」
金髪頭の後輩が創太の足元に転がった。
創太の目前には、ナイフのように鋭い視線を投げかける男が息も切らさず立っている。
いきなりビル内に入ってくるなり、「チンピラども、徳大寺 創太を出せ。大人しく出せば、何もせずに立ち去ろう」と叫んだこの男を、創太たちは嘲笑った。
人数差が分かっていない。このいけ好かない奴をリンチしてやろう、と嗜虐心が胸を満たし、自分たちが男を嬲る光景に背中がゾワゾワとしていた。――そんな未来は幻想に過ぎなかったわけだが。
「さて、これで終わりだろう。大人しく付いてきてもらおうか」
「う、うるせぇ。まだ、終わりじゃねえ」
創太は、ゆっくりと後方へ下がる。
彼らがいる場所は元々更衣室として使われていた部屋だ。ぐるりと周囲を覆う形でロッカーが三方の壁に設置されている。
入口は、目の前の男の背後だ。逃げるには、男をどうにかしなければならない。
「や、やってやるよ」
創太は、バタフライナイフを流れるような手つきで取り出し、太くて短い指でがっしりと柄を握りしめた。
窓から差し込む緩やかな西日が、刃をぎらつかせ、それに呼応するかのように場の緊張感が高まっていく。
「ふん、今時バタフライナイフなんて持っている奴いたんだな」
目つきの鋭い男は鼻で笑い、大胆にも大股で近づいてくる。創太は、雄叫びを上げナイフを突き出す。だが、刃が男の体に届く寸前で、手首を男に掴まれた。
「は、放しやがれ」
万力のような力だ。軋みを上げて手首に指が食い込んでいく。痛みと恐怖で創太の目から涙が流れ、発狂したように喚く。
目つきの鋭い男は、舌打ちをし、創太の手首を捻る。あっけなく落ちたナイフを男は宙で蹴り飛ばし、その勢いを保ったまま創太を投げ飛ばした。
「ぐえ!」
背中を強打し、息が止まる。涙に滲む創太の視界に、男の顔が映りこみ、
「大人しく寝てろ」
振るわれた拳を最後に、プッツリと意識が途絶えた。
徳大寺 創太、二十四歳。
彼の人生において、これほど圧倒的な男を見たことがなかった。
こちらの数は十人。あちらは一人だ。高校の後輩たちに頼み込んで、彼らの根城にかくまってもらった。正直、これでしばらくは身を隠せると思っていたのだが、創太の目論見は見事に外れる。
「ひぃぃ、創太さん助けて、げえ……」
金髪頭の後輩が創太の足元に転がった。
創太の目前には、ナイフのように鋭い視線を投げかける男が息も切らさず立っている。
いきなりビル内に入ってくるなり、「チンピラども、徳大寺 創太を出せ。大人しく出せば、何もせずに立ち去ろう」と叫んだこの男を、創太たちは嘲笑った。
人数差が分かっていない。このいけ好かない奴をリンチしてやろう、と嗜虐心が胸を満たし、自分たちが男を嬲る光景に背中がゾワゾワとしていた。――そんな未来は幻想に過ぎなかったわけだが。
「さて、これで終わりだろう。大人しく付いてきてもらおうか」
「う、うるせぇ。まだ、終わりじゃねえ」
創太は、ゆっくりと後方へ下がる。
彼らがいる場所は元々更衣室として使われていた部屋だ。ぐるりと周囲を覆う形でロッカーが三方の壁に設置されている。
入口は、目の前の男の背後だ。逃げるには、男をどうにかしなければならない。
「や、やってやるよ」
創太は、バタフライナイフを流れるような手つきで取り出し、太くて短い指でがっしりと柄を握りしめた。
窓から差し込む緩やかな西日が、刃をぎらつかせ、それに呼応するかのように場の緊張感が高まっていく。
「ふん、今時バタフライナイフなんて持っている奴いたんだな」
目つきの鋭い男は鼻で笑い、大胆にも大股で近づいてくる。創太は、雄叫びを上げナイフを突き出す。だが、刃が男の体に届く寸前で、手首を男に掴まれた。
「は、放しやがれ」
万力のような力だ。軋みを上げて手首に指が食い込んでいく。痛みと恐怖で創太の目から涙が流れ、発狂したように喚く。
目つきの鋭い男は、舌打ちをし、創太の手首を捻る。あっけなく落ちたナイフを男は宙で蹴り飛ばし、その勢いを保ったまま創太を投げ飛ばした。
「ぐえ!」
背中を強打し、息が止まる。涙に滲む創太の視界に、男の顔が映りこみ、
「大人しく寝てろ」
振るわれた拳を最後に、プッツリと意識が途絶えた。