第69話 ケース3 春、去り際に燃ゆる想い⑦

文字数 1,174文字

 封を開けたように飛び込んでくる騒音。 

パチンコ店「伝」に入店した来世は、表情をわずかに曇らせ周辺を見渡す。

 2020年四月一日から改正健康増進法が全面施行されたことにより、パチンコ店を含むあらゆる施設において、屋内原則禁煙となった。

 だが、そんな話は聞いたことがない、と言わんばかりに客たちはタバコをふかしている。

(当店は禁煙を徹底してます、だと? 表の垂れ幕を撤去しろ)

 来世は鼻を手で抑えながら、通路を歩く従業員に声をかけた。

「失礼。この男を見たことはないですか?」

「……ああ、創太さんね。最近は来てないですよ。あなた、彼の知り合い? だったら、僕から借りた二万円を返して、って言っといてくれますか」

 こいつからも借りてるのかよ。

 来世は、こめかみのあたりに鈍い痛みを感じた。

「彼がいそうなところに心当たりは?」

「うーん、どうでしょうね。ほら、あの人、借金をあっちこっちからこさえて、しょっちゅう雲隠れするから分からないな。……あ、でも、理由は分からないけど、かなりやばい状態になっても、あの人この街を出て行こうとしないんですよ」

「……やばい、というとどのくらい?」

 従業員の男は、左右を確認してからそっと顔を近づけた。

「なんでも、ヤーさんがらみのまずい金にも手を出してるらしいですよ」

「それは穏やかじゃないな。……うん、礼をいう。ありがとう」

「いやいや、これくらい礼を言われるほどじゃ、うわ! ちょっと、お客さん」

 驚いた顔の男は、来世の後方を凝視している。

 来世は、くるりと後方を見やり、見なければ良かった、と後悔した。

「おい、しだれ。外で待ってろって言っただろ」

「おー、怖い小僧。このけったいな物なんだ? 銀色の丸いもんがポンポン出とるわい」

 しだれはパチンコ台に額を擦り付けるように眺めたり、ペチペチとアクリル板を叩いたりしている。

「やめろ。ここに創太はいない。次行くぞ」

「ほほ、もう行くのか? まだ見せろ」

「駄目だ。忘れたのか? この依頼が長引けば長引くほど、お前の依頼に着手できないんだぞ」

 ピタリ、としだれの動きが止まった。

「ワシとしたことが、あんまりにも稀有な経験ゆえ、浮かれすぎたな。……そいじゃ、創太何某のところへ行こうか」

「だから、行方が分からんと言ってるだろう」

 しだれは目を丸くし、ああ、と手を叩いた。

「すまなんだ、言うのが遅れたな。たーげっとらしき奴を見た奴がいてのう。大方目星はついとるのじゃ」

「な、なんだと。早く言え」

「怒るな怒るな。怒りは無駄なエネルギーにしかならんぞ。え? 説得力がない。そらー、お主、体に傷をつけられれば、温厚なワシでも怒るとも」

 屈託なくしだれは笑い、外へ出る。

 遅れて外に出た来世は、眉をひそめた。

「何をしてる?」

「いやのう、どこへ行ったのやら。あ! お主、ちょっとこっちへ来てくれ」

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