第59話 ケース2 死神の足音㉟
文字数 2,339文字
「来世さん」
里香は、駐車場で必死の抵抗を試みる来世の姿を目で追った。
何かをしなければならない。でも、自分に何ができる?
里香は、病室に持ち込んだ荷物を手当たり次第床にぶちまけ、手にとっては投げ、眺めてはため息を吐き、を繰り返した。
心に焦燥ばかりが募っていく。やはり自分は、まだまだ助手見習いで子供だ。まるで役に立っていない。
……こういう時、来世さんならどうするだろう?
彼は、彼ならば冷静にまず考えようとするに違いない。
「冷静に、冷静に。……んー、私じゃどうすれば良いか分からない。だったら、他の人の力を借りるべきだよね」
里香は、パッと隣に立つ浜 幸子に問いかける。
「幸子ちゃん、あの黒いの何? あなたを操っていたって言ってたけど」
「え、うん。あれはね、蓄積されていた呪いの塊。強い神様なら操れないでしょうけど、私のような弱小のほぼ一般的な幽霊と変わらない神様なら、支配下におけるのでしょうね」
「……ふーん、どんな風にあなたを操るの? どうやったら祓えるの?」
浜 幸子は、自身の胸に手を置き、頬を歪ませた。
「呪いの力を私に植え付けるの。それは、人を殺すという指向性のある命令を私に与えてくるのよ。殺せ、殺せってね。身体の中を、気色悪い蛇がのたうちまわるみたいで最悪な気分になる。……祓い方は、ごめんなさい、分からないわ」
がっくりと里香は肩を落とす。
――いや、待て。考えることを放棄しちゃだめ。考える、考えるの。
あの黒いのは、勝平さんが幸子ちゃんを召喚するために必要なものだったんだよね。じゃあ、きっとガソリンや電気みたいなエネルギーなんだ。
それで、呪いの力を植え付けて幸子ちゃんを操る。……ガソリンスタンドで、車にガソリンを入れるようなものかな。
里香は、目を見開いた。
「ね、ねえ、幸子ちゃん。今ってすごくチャンスなんじゃないの? 黒い塊が消滅すれば、幸子ちゃんは自由になれるし、来世さんと岩崎さんの呪いも、うやむやになるよね」
「そう、ね。そうかもしれない。呪いの品と呪いを込める人がいる限り、また復活するでしょうけど、今倒せればしばらくは大丈夫だと思う」
じゃあ、次は祓い方を知らなきゃ。
里香は、スマホを取り出し、登録したばかりの番号にかけた。
――トゥルルル、トゥルルル、ガチャ。
「はい、知らない番号だけどどなた?」
「崎森さん、私、小鹿 里香です。来世さんがピンチなんです、助けてください」
「詳しく教えて」
里香は、浜 幸子から聞いたばかりの情報も交え、状況を伝えた。
すべてを聞き終えた崎森は、唸り声をあげる。
「うーん、そう。神を操る呪いの塊か。しかも、神の天罰執行が妨げられたら、自ら対処に出る便利な機能付き。
とても厄介だけど、祓うしかないわね。……私が彼に送った品の中に鈴がある。それを呪いの塊の近くで鳴らせば効くかもしれない。遠距離だと効果が薄いはずだから、どうにかして近づかないといけない、けど。さすがに君にやれとはいえないな」
「私、やれます」
即答する里香。崎森はやや低い声で否定した。
「簡単に言わないで。あの人が、手元に置く女なんて死んでしまえば良いと思うけど、それをやってしまったら嫌われてしまう。だからしない。……それにしても、やけにあっさり命をかけるのね」
「はい。来世さんにはお世話になってますし、大好きですから、頑張ります」
ギリ、と歯ぎしりの音が電話越しに鳴った。
「気に食わない。……けど、そんな場合じゃないか。あの人ならきっと、そうね。……荷物を持ってきているでしょう? その中に弓はあるはず。探して」
「あ!」
里香の頭に、数時間前の出来事が思い浮かんだ。
「弓の経験はあるか?」
と、何の脈絡もなく来世が問いかけてきた。里香が、
「はい、私色んな部活の助っ人とかやっていて、弓を使ったこともあります。それなりに腕に自信があるんですよ」
と胸を張り返答すると、来世がなるほど、と頷き、細長い袋を用意していた。
室内を見渡すと、壁にその袋がかけられていた。中身を確認すると、銀色の美しい和弓が収納されている。
「ありました」
「うん、じゃあ矢に鈴をつけて。たぶん、彼から長物を用意しろって合図があるはずだから、急ぎなさい」
里香はスマホをスピーカーモードに切り替え、言われた通り矢に鈴を取り付ける。黙々と無言で準備を続けていると、
「里香! 長物の準備をしておけ。俺が合図する」
来世の声が耳に届いた。
「崎森さん、来世さんから長物の用意をしておけ、って合図がありましたよ」
「ほら、来た。さあ、外さないでよ。君が失敗すると彼が死ぬ」
里香は、ムッと眉を寄せた。得意げなのが、鼻につく。
「崎森さん、私もあなたのこと気に食わないです」
「そうかい。意見が合うね」
ため息が二つこぼれた。
「あの人と意見が合いたいのだけど」
「来世さんと意見が合った方が素敵だけどな」
クスリ、とした忍び笑いが、やがて大笑いとなって電波を飛び交った。
「いまだ、里香ぁああ! やれ」
「きた」
合図だ。里香は、矢を番える。
「今回はその役目譲ってあげる。年上だからね、お嬢さんに少しくらいサービスしてあげるわ」
里香は、呼吸を止め、影に向かって全身全霊の矢を放った。
矢は、大気を切り裂きながら、見事目標を捉える。
里香は、それを見届けると、スマホを手に取り、
「ありがとうございます。さすがおば様。伊達に長く生きてませんね」
「はあ? 私、全然若いわよ。小娘がなまい……」
里香はプツリ、と電話を切った。
胸はドキドキと高鳴っている。
生まれてこの方、誰かにこれほどまでに強い敵意や嫉妬の感情を抱いたことはない。自身さえ知らない己の姿に、里香は頭を抱え、長々と吐息を漏らした。
里香は、駐車場で必死の抵抗を試みる来世の姿を目で追った。
何かをしなければならない。でも、自分に何ができる?
里香は、病室に持ち込んだ荷物を手当たり次第床にぶちまけ、手にとっては投げ、眺めてはため息を吐き、を繰り返した。
心に焦燥ばかりが募っていく。やはり自分は、まだまだ助手見習いで子供だ。まるで役に立っていない。
……こういう時、来世さんならどうするだろう?
彼は、彼ならば冷静にまず考えようとするに違いない。
「冷静に、冷静に。……んー、私じゃどうすれば良いか分からない。だったら、他の人の力を借りるべきだよね」
里香は、パッと隣に立つ浜 幸子に問いかける。
「幸子ちゃん、あの黒いの何? あなたを操っていたって言ってたけど」
「え、うん。あれはね、蓄積されていた呪いの塊。強い神様なら操れないでしょうけど、私のような弱小のほぼ一般的な幽霊と変わらない神様なら、支配下におけるのでしょうね」
「……ふーん、どんな風にあなたを操るの? どうやったら祓えるの?」
浜 幸子は、自身の胸に手を置き、頬を歪ませた。
「呪いの力を私に植え付けるの。それは、人を殺すという指向性のある命令を私に与えてくるのよ。殺せ、殺せってね。身体の中を、気色悪い蛇がのたうちまわるみたいで最悪な気分になる。……祓い方は、ごめんなさい、分からないわ」
がっくりと里香は肩を落とす。
――いや、待て。考えることを放棄しちゃだめ。考える、考えるの。
あの黒いのは、勝平さんが幸子ちゃんを召喚するために必要なものだったんだよね。じゃあ、きっとガソリンや電気みたいなエネルギーなんだ。
それで、呪いの力を植え付けて幸子ちゃんを操る。……ガソリンスタンドで、車にガソリンを入れるようなものかな。
里香は、目を見開いた。
「ね、ねえ、幸子ちゃん。今ってすごくチャンスなんじゃないの? 黒い塊が消滅すれば、幸子ちゃんは自由になれるし、来世さんと岩崎さんの呪いも、うやむやになるよね」
「そう、ね。そうかもしれない。呪いの品と呪いを込める人がいる限り、また復活するでしょうけど、今倒せればしばらくは大丈夫だと思う」
じゃあ、次は祓い方を知らなきゃ。
里香は、スマホを取り出し、登録したばかりの番号にかけた。
――トゥルルル、トゥルルル、ガチャ。
「はい、知らない番号だけどどなた?」
「崎森さん、私、小鹿 里香です。来世さんがピンチなんです、助けてください」
「詳しく教えて」
里香は、浜 幸子から聞いたばかりの情報も交え、状況を伝えた。
すべてを聞き終えた崎森は、唸り声をあげる。
「うーん、そう。神を操る呪いの塊か。しかも、神の天罰執行が妨げられたら、自ら対処に出る便利な機能付き。
とても厄介だけど、祓うしかないわね。……私が彼に送った品の中に鈴がある。それを呪いの塊の近くで鳴らせば効くかもしれない。遠距離だと効果が薄いはずだから、どうにかして近づかないといけない、けど。さすがに君にやれとはいえないな」
「私、やれます」
即答する里香。崎森はやや低い声で否定した。
「簡単に言わないで。あの人が、手元に置く女なんて死んでしまえば良いと思うけど、それをやってしまったら嫌われてしまう。だからしない。……それにしても、やけにあっさり命をかけるのね」
「はい。来世さんにはお世話になってますし、大好きですから、頑張ります」
ギリ、と歯ぎしりの音が電話越しに鳴った。
「気に食わない。……けど、そんな場合じゃないか。あの人ならきっと、そうね。……荷物を持ってきているでしょう? その中に弓はあるはず。探して」
「あ!」
里香の頭に、数時間前の出来事が思い浮かんだ。
「弓の経験はあるか?」
と、何の脈絡もなく来世が問いかけてきた。里香が、
「はい、私色んな部活の助っ人とかやっていて、弓を使ったこともあります。それなりに腕に自信があるんですよ」
と胸を張り返答すると、来世がなるほど、と頷き、細長い袋を用意していた。
室内を見渡すと、壁にその袋がかけられていた。中身を確認すると、銀色の美しい和弓が収納されている。
「ありました」
「うん、じゃあ矢に鈴をつけて。たぶん、彼から長物を用意しろって合図があるはずだから、急ぎなさい」
里香はスマホをスピーカーモードに切り替え、言われた通り矢に鈴を取り付ける。黙々と無言で準備を続けていると、
「里香! 長物の準備をしておけ。俺が合図する」
来世の声が耳に届いた。
「崎森さん、来世さんから長物の用意をしておけ、って合図がありましたよ」
「ほら、来た。さあ、外さないでよ。君が失敗すると彼が死ぬ」
里香は、ムッと眉を寄せた。得意げなのが、鼻につく。
「崎森さん、私もあなたのこと気に食わないです」
「そうかい。意見が合うね」
ため息が二つこぼれた。
「あの人と意見が合いたいのだけど」
「来世さんと意見が合った方が素敵だけどな」
クスリ、とした忍び笑いが、やがて大笑いとなって電波を飛び交った。
「いまだ、里香ぁああ! やれ」
「きた」
合図だ。里香は、矢を番える。
「今回はその役目譲ってあげる。年上だからね、お嬢さんに少しくらいサービスしてあげるわ」
里香は、呼吸を止め、影に向かって全身全霊の矢を放った。
矢は、大気を切り裂きながら、見事目標を捉える。
里香は、それを見届けると、スマホを手に取り、
「ありがとうございます。さすがおば様。伊達に長く生きてませんね」
「はあ? 私、全然若いわよ。小娘がなまい……」
里香はプツリ、と電話を切った。
胸はドキドキと高鳴っている。
生まれてこの方、誰かにこれほどまでに強い敵意や嫉妬の感情を抱いたことはない。自身さえ知らない己の姿に、里香は頭を抱え、長々と吐息を漏らした。