第126話 ケース5 侵略する教え⑬~完~
文字数 1,929文字
真昼の太陽は、今日も容赦なく降り注ぐ。
来世は鬱陶しそうに空を見上げ、公園のベンチに腰掛けた。
平日の昼に、公園を歩く者はほとんどいない。
空には綿のような雲が、緩やかな風に吹かれて流れていく。
来世は、缶コーヒーを開け、一気に飲み干す。苦みのある冷えた液体が喉を潤し、安堵にも似た吐息を吐いた。
「おや、来世君もオジサンになってきたね」
「あ? うるせーよ」
ベンチの横に、氷室が立っている。相変わらず前にも見た格好に、代わり映えのしないヤツと内心罵った。
「よっと、座るね。ハアー、疲れた。このままゆっくりしていきたいところだけど、お前に報告したら、俺はすぐに署に帰らんといかん。だから、手短にね」
氷室は、肩を鳴らしそれから続きを話した。
「サードこと、清塚 将が目を覚ました。神は綺麗にいなくなっていたらしく、大人しかったよ」
「そうか、ん? 引っかかる言い方だな」
「死んだからだ。サードは、病室の窓からダイブして自殺した。スマン。これは警察のミスだ」
そうか、と呟き、来世は缶コーヒーを投げる。缶は見事に、ゴミ箱の中に入ったかのように見えて、枠に弾き飛ばされた。
「チイ! ま、情報を得られんかったのは痛いが、ひとまず事件は終了したわけか」
「まあね。と、呼び出しだ。戻るよ。あ、そうだ」
氷室は、頬を掻きながらぎこちなく言う。
「今度、飲みにでもいかねえか」
「あ? 何だ突然気持ち悪い」
「気持ち悪いとは酷いな。いや、たまには良いかなっと思っただけだよ。……感傷的かもしれんが、サードのヤツが哀れに感じてな」
「哀れ?」
「ああ、そうだ。あいつはきっと孤独だった気がする。だから、道を踏み外した気がするんだよね。なんとも悲しいじゃない。
俺たちは別に友達じゃない。けど、ビジネスパートナーとしてなら、良い付き合いができると思う。そして、道を踏み外しそうになったら、相手の顔面を殴ってやるのさ」
「……殴り合う趣味はない」
「……そうかい」
氷室は、背を向けて歩き出す。その背に、来世は
「おごりなら」
「え?」
「おごりなら行ってやるよ」
「……安酒で良いならな。良い居酒屋知ってんだ」
今度こそ氷室は立ち去って行った。
しばし、氷室を目で見送り、また空を見上げると、
「やあ」
今度は崎森が現れた。
「なんだ? まだこの街にいたのか」
「悪い? あ、隣に座るね」
崎森は、来世のすぐ隣に腰掛けると、ぴったりと体を引っ付けてきた。
「……暑い、離れろ」
「嫌よ。デートだってまだ行ってないでしょ」
チィと舌打ちをして、来世は黙り込む。
「ごめんごめん意地悪だったね。君は前の戦いで随分頑張ったから、体ボロボロでしょ。だから、今すぐじゃなくて良いよ。しばらく、私は仕事を休むことにしたから」
「……そうか」
「うん。サードは、私の元恋人で、本性を知るまでは本当に愛していた。だから、許せなかった。だから、止めたかった」
「……そうか」
崎森は、頬を赤らめ嬉しそうに笑う。
「言わないんだね? でも、その気遣いは無駄よ。サードが死んだの知ってるの。だって、私が病院に訪ねた時に、目の前で飛び降りたんだから」
「……」
「ショックを受けなかった、といえば嘘になるけど、そうなるだろうって思ってた。ひとまず、あの人と私の物語は終わったの。これからは、私と君の物語を始めないとね」
「は?」
来世の太ももにまたがった美女は、妖艶な笑みで宣言した。
「私、しばらくこの街に住む。で、あなたの仕事を手伝うわ」
「いらん」
「もう、照れないで。実はね、危機感を覚えたんだ。あの里香って子、小娘だと思って油断していたわ。まさか、サードの攻撃に対して、逃げるどころかあなたを庇ったなんて、びっくり。そんなに強い気持ちを抱いている子が、あなたの傍にいるなんてね。仕事している場合じゃない」
「だから、あいつは」
「いいえ、あなたは気付いていない。確かにあなたにとっては妹のようなものかもしれない。今はね。でも、いずれは家族愛が男女の愛に変わる時が来る可能性だってある。……そんなのさせない。だから、傍にいさせてね。私のダーリン」
崎森の口が、来世の口に近づく。と、
「コラー、泥棒猫! 油断したらすぐそれ!」
「ク! うるさい娘が来た」
里香から逃げるべく崎森が、パッと体を離し走り去っていく。その背中を恐るべき速さで追いかけていく里香を、来世は目で追った。
「まったく、元気な奴だ。それより宿題は終わったのか? ……家族愛が男女の愛に」
来世は自身の胸に手を当ててみる。――ドク、ドク。
いつも通り、規則正しいリズムで心臓が鳴っている。
来世は、馬鹿にしたように肩をすくめ、それから空を見上げた。
暗雲なき空は、どこまでも清々しく輝いている。
来世は鬱陶しそうに空を見上げ、公園のベンチに腰掛けた。
平日の昼に、公園を歩く者はほとんどいない。
空には綿のような雲が、緩やかな風に吹かれて流れていく。
来世は、缶コーヒーを開け、一気に飲み干す。苦みのある冷えた液体が喉を潤し、安堵にも似た吐息を吐いた。
「おや、来世君もオジサンになってきたね」
「あ? うるせーよ」
ベンチの横に、氷室が立っている。相変わらず前にも見た格好に、代わり映えのしないヤツと内心罵った。
「よっと、座るね。ハアー、疲れた。このままゆっくりしていきたいところだけど、お前に報告したら、俺はすぐに署に帰らんといかん。だから、手短にね」
氷室は、肩を鳴らしそれから続きを話した。
「サードこと、清塚 将が目を覚ました。神は綺麗にいなくなっていたらしく、大人しかったよ」
「そうか、ん? 引っかかる言い方だな」
「死んだからだ。サードは、病室の窓からダイブして自殺した。スマン。これは警察のミスだ」
そうか、と呟き、来世は缶コーヒーを投げる。缶は見事に、ゴミ箱の中に入ったかのように見えて、枠に弾き飛ばされた。
「チイ! ま、情報を得られんかったのは痛いが、ひとまず事件は終了したわけか」
「まあね。と、呼び出しだ。戻るよ。あ、そうだ」
氷室は、頬を掻きながらぎこちなく言う。
「今度、飲みにでもいかねえか」
「あ? 何だ突然気持ち悪い」
「気持ち悪いとは酷いな。いや、たまには良いかなっと思っただけだよ。……感傷的かもしれんが、サードのヤツが哀れに感じてな」
「哀れ?」
「ああ、そうだ。あいつはきっと孤独だった気がする。だから、道を踏み外した気がするんだよね。なんとも悲しいじゃない。
俺たちは別に友達じゃない。けど、ビジネスパートナーとしてなら、良い付き合いができると思う。そして、道を踏み外しそうになったら、相手の顔面を殴ってやるのさ」
「……殴り合う趣味はない」
「……そうかい」
氷室は、背を向けて歩き出す。その背に、来世は
「おごりなら」
「え?」
「おごりなら行ってやるよ」
「……安酒で良いならな。良い居酒屋知ってんだ」
今度こそ氷室は立ち去って行った。
しばし、氷室を目で見送り、また空を見上げると、
「やあ」
今度は崎森が現れた。
「なんだ? まだこの街にいたのか」
「悪い? あ、隣に座るね」
崎森は、来世のすぐ隣に腰掛けると、ぴったりと体を引っ付けてきた。
「……暑い、離れろ」
「嫌よ。デートだってまだ行ってないでしょ」
チィと舌打ちをして、来世は黙り込む。
「ごめんごめん意地悪だったね。君は前の戦いで随分頑張ったから、体ボロボロでしょ。だから、今すぐじゃなくて良いよ。しばらく、私は仕事を休むことにしたから」
「……そうか」
「うん。サードは、私の元恋人で、本性を知るまでは本当に愛していた。だから、許せなかった。だから、止めたかった」
「……そうか」
崎森は、頬を赤らめ嬉しそうに笑う。
「言わないんだね? でも、その気遣いは無駄よ。サードが死んだの知ってるの。だって、私が病院に訪ねた時に、目の前で飛び降りたんだから」
「……」
「ショックを受けなかった、といえば嘘になるけど、そうなるだろうって思ってた。ひとまず、あの人と私の物語は終わったの。これからは、私と君の物語を始めないとね」
「は?」
来世の太ももにまたがった美女は、妖艶な笑みで宣言した。
「私、しばらくこの街に住む。で、あなたの仕事を手伝うわ」
「いらん」
「もう、照れないで。実はね、危機感を覚えたんだ。あの里香って子、小娘だと思って油断していたわ。まさか、サードの攻撃に対して、逃げるどころかあなたを庇ったなんて、びっくり。そんなに強い気持ちを抱いている子が、あなたの傍にいるなんてね。仕事している場合じゃない」
「だから、あいつは」
「いいえ、あなたは気付いていない。確かにあなたにとっては妹のようなものかもしれない。今はね。でも、いずれは家族愛が男女の愛に変わる時が来る可能性だってある。……そんなのさせない。だから、傍にいさせてね。私のダーリン」
崎森の口が、来世の口に近づく。と、
「コラー、泥棒猫! 油断したらすぐそれ!」
「ク! うるさい娘が来た」
里香から逃げるべく崎森が、パッと体を離し走り去っていく。その背中を恐るべき速さで追いかけていく里香を、来世は目で追った。
「まったく、元気な奴だ。それより宿題は終わったのか? ……家族愛が男女の愛に」
来世は自身の胸に手を当ててみる。――ドク、ドク。
いつも通り、規則正しいリズムで心臓が鳴っている。
来世は、馬鹿にしたように肩をすくめ、それから空を見上げた。
暗雲なき空は、どこまでも清々しく輝いている。