第99話 ケース4 姿見えぬ殺人鬼⑦
文字数 1,867文字
現場は、木村が宿泊していた一号館だ。
夜は明けており、朝日の清々しい光が、ペンションを照らしている。
だが、現場に揃っていた面々の顔は、夜に同化するような暗い表情をしていた。
「木村さんは?」
「そこよ」
入り口に立っていた吉川は、リビングを指差した。
来世は、礼を言って中を覗き込む。
「ああ……」
来世は、その言葉に続く言葉を吐き出せない。
死体は、入り口から入ってすぐのリビングにあった。彼女の全身には噛まれたような跡が無数にあり、直視するのも躊躇われる姿だ。恐らく致命傷となったのは首の噛み跡だ。細い彼女の首が一部欠損し、より細く頼りないものとなってしまっている。
来世は、一度外へ出た。
「誰が発見したんですか?」
「俺だ」
手を挙げたのは西城だ。彼は、酷く憔悴しきった様子で地面を眺めている。
「どういう経緯で発見しました?」
「ど、どうって。まだ夜が明ける前……一時間ちょっと前くれえか。俺は、この女のペンションに行ったんだ。その、俺の女になってくれねえかと思ってな」
「はあ? この状況下でよくそんなことを考えられましたね」
「悪いかね。こんな年まで独身だし、金は余ってる。木村の姉ちゃんなら、頭軽そうだし、金出せばなびくと思ったんだ。へ、へへ。あの女は、顔はいまいちだけど、体だけは立派だったしよ」
「最低」
吉川の一言に、西城はバツの悪そうに顔を歪めた。
「発見した、ということは、木村さんの入り口のドアは開いていたんですね」
「お、おう。ドアを叩いても反応がないから、ドアノブを回してみたら、このありさまだ」
来世は頷き、スマホを取り出す。が、やはり繋がらないようだ。
来世は、手袋をはめると、集まった面々に言った。
「今から一号館を調べます。後に警察も来るでしょうから、極力現場にあるものは動かしたくない。俺が慎重に調べ、皆さんに共有します」
「ま、待てよ。あんたが犯人じゃない証拠はねえじゃん。こっそり証拠の品を隠したりしねえよな」
山内の発言に、
「確かにね」
と吉川が同意する。
「……おっしゃる通りだ。では、山内さんと吉川さんの二人は俺についてきてください。三人で互いを見張りつつ、調べましょう。残りの人々は、ペンションの外で待っていてください」
来世たちは、慎重に現場を確認していく。
「……なんなんだ」
見れば見るほど奇妙である。リビングは、テーブルがひっくり返っていることを除けば、あまり散らかっていない。他の部屋もすべて確認したが、窓は全箇所、施錠済み。窓は割れていない。
死体の荒々しい傷と反比例するように、一号館は綺麗な状態を保っている。
「うげえ」
山内は胸の辺りをさすり、今にも胃の中の物を吐き出しそうな顔をしている。が、吉川は至って冷静である。
「獣に襲われたって可能性はゼロね」
冷めた目で吉川は断言した。
「な、分かんねえだろ。どうしてそう言える?」
「山内さん、どう考えてもそうでしょう。確かに死体の噛み跡を見れば、獣の仕業だと思うけど、窓も割らずにどうやって侵入してきたのかしら? ましてや、瓦礫のせいで森からペンション側に立ち入るのは、獣でも難しいでしょうね。それに」
吉川は言葉を切り、木村の死体に近寄って臭いを嗅いだ。
「お、お、おおい」
「血の臭いはするけれども、獣じみた臭いはしないわ。大方、毒か何かで殺した後に、獣に殺されたように偽装したんじゃないかしら?」
それは、どうなのだろうか? 来世は内心首を傾げた。獣ではなく、人が殺した可能性が高いのは同意できるが、隠蔽したことには疑問が残る。
もし、獣が殺したように見せかけるならば、窓を割り、獣の毛や何かを残しておくのがベターではなかろうか?
来世は、手掛かりを掴むために、二人から背を向けて木村の死体を直視。そのまま、言の葉の魔眼を発動させた。
恋。
おしゃれ。
ブランド。
男。
生きがい。
木村の体からあらゆる文字が浮かんでは消える。来世は、次々と現れる文字を記憶することに集中した。が、最後に浮かんだ言葉に、体中の血の気が引いた。
――人、美味しい。
「おい、どうした?」
来世は、ハッとした。胸の辺りにドロドロとした気持ち悪さを感じる。とっさに新鮮な空気を求めて息を吸うが、濃厚な血の臭いがするだけでより気分が悪くなっただけだった。
「いえ、何も。臭いで気持ち悪くなってしまったようです」
「だらしないわね、男のくせに」
吉川の言葉に、来世は苦笑した。
「申し訳ない。もう、出ましょう。これ以上探しても、何かが見つかりそうにない」
来世は二人を伴って外へ出た。
夜は明けており、朝日の清々しい光が、ペンションを照らしている。
だが、現場に揃っていた面々の顔は、夜に同化するような暗い表情をしていた。
「木村さんは?」
「そこよ」
入り口に立っていた吉川は、リビングを指差した。
来世は、礼を言って中を覗き込む。
「ああ……」
来世は、その言葉に続く言葉を吐き出せない。
死体は、入り口から入ってすぐのリビングにあった。彼女の全身には噛まれたような跡が無数にあり、直視するのも躊躇われる姿だ。恐らく致命傷となったのは首の噛み跡だ。細い彼女の首が一部欠損し、より細く頼りないものとなってしまっている。
来世は、一度外へ出た。
「誰が発見したんですか?」
「俺だ」
手を挙げたのは西城だ。彼は、酷く憔悴しきった様子で地面を眺めている。
「どういう経緯で発見しました?」
「ど、どうって。まだ夜が明ける前……一時間ちょっと前くれえか。俺は、この女のペンションに行ったんだ。その、俺の女になってくれねえかと思ってな」
「はあ? この状況下でよくそんなことを考えられましたね」
「悪いかね。こんな年まで独身だし、金は余ってる。木村の姉ちゃんなら、頭軽そうだし、金出せばなびくと思ったんだ。へ、へへ。あの女は、顔はいまいちだけど、体だけは立派だったしよ」
「最低」
吉川の一言に、西城はバツの悪そうに顔を歪めた。
「発見した、ということは、木村さんの入り口のドアは開いていたんですね」
「お、おう。ドアを叩いても反応がないから、ドアノブを回してみたら、このありさまだ」
来世は頷き、スマホを取り出す。が、やはり繋がらないようだ。
来世は、手袋をはめると、集まった面々に言った。
「今から一号館を調べます。後に警察も来るでしょうから、極力現場にあるものは動かしたくない。俺が慎重に調べ、皆さんに共有します」
「ま、待てよ。あんたが犯人じゃない証拠はねえじゃん。こっそり証拠の品を隠したりしねえよな」
山内の発言に、
「確かにね」
と吉川が同意する。
「……おっしゃる通りだ。では、山内さんと吉川さんの二人は俺についてきてください。三人で互いを見張りつつ、調べましょう。残りの人々は、ペンションの外で待っていてください」
来世たちは、慎重に現場を確認していく。
「……なんなんだ」
見れば見るほど奇妙である。リビングは、テーブルがひっくり返っていることを除けば、あまり散らかっていない。他の部屋もすべて確認したが、窓は全箇所、施錠済み。窓は割れていない。
死体の荒々しい傷と反比例するように、一号館は綺麗な状態を保っている。
「うげえ」
山内は胸の辺りをさすり、今にも胃の中の物を吐き出しそうな顔をしている。が、吉川は至って冷静である。
「獣に襲われたって可能性はゼロね」
冷めた目で吉川は断言した。
「な、分かんねえだろ。どうしてそう言える?」
「山内さん、どう考えてもそうでしょう。確かに死体の噛み跡を見れば、獣の仕業だと思うけど、窓も割らずにどうやって侵入してきたのかしら? ましてや、瓦礫のせいで森からペンション側に立ち入るのは、獣でも難しいでしょうね。それに」
吉川は言葉を切り、木村の死体に近寄って臭いを嗅いだ。
「お、お、おおい」
「血の臭いはするけれども、獣じみた臭いはしないわ。大方、毒か何かで殺した後に、獣に殺されたように偽装したんじゃないかしら?」
それは、どうなのだろうか? 来世は内心首を傾げた。獣ではなく、人が殺した可能性が高いのは同意できるが、隠蔽したことには疑問が残る。
もし、獣が殺したように見せかけるならば、窓を割り、獣の毛や何かを残しておくのがベターではなかろうか?
来世は、手掛かりを掴むために、二人から背を向けて木村の死体を直視。そのまま、言の葉の魔眼を発動させた。
恋。
おしゃれ。
ブランド。
男。
生きがい。
木村の体からあらゆる文字が浮かんでは消える。来世は、次々と現れる文字を記憶することに集中した。が、最後に浮かんだ言葉に、体中の血の気が引いた。
――人、美味しい。
「おい、どうした?」
来世は、ハッとした。胸の辺りにドロドロとした気持ち悪さを感じる。とっさに新鮮な空気を求めて息を吸うが、濃厚な血の臭いがするだけでより気分が悪くなっただけだった。
「いえ、何も。臭いで気持ち悪くなってしまったようです」
「だらしないわね、男のくせに」
吉川の言葉に、来世は苦笑した。
「申し訳ない。もう、出ましょう。これ以上探しても、何かが見つかりそうにない」
来世は二人を伴って外へ出た。