第29話 ケース2 死神の足音⑤

文字数 993文字

 あいにく来世には答えられない。来世は、首を振り、額に浮かんだ汗をぬぐった。

「それは、これから調査します。……あの怨霊は、昨日も現れたんですよね?」

「え、ええ。ひと月前からずっと欠かさず」

 来世は、地面にへたりこんでいた里香を助け起こした。

「では、昨日のことをよく思い出してください。彼女は近づいては来るが、必ず立ち止まる。しかし、徐々に距離が狭まっているんですね?」

「は、はい。ちょっとずつですが、近づいています。き、昨日は今日立ち止まった位置よりも、一歩分……くらい遠かったです」

 来世はすう、と目を細めた。

 岩崎から見て、怨霊は一歩分遠い場所にいた。つまり、今日は一歩分昨日よりも岩崎に近づいているということだ。

 それが、意味するところは……。

「岩崎さん、落ち着いて聞いてください。察しがついているかもしれませんがね」

「え、ええ」

 ごくり、と岩崎は喉を鳴らす。

「あなたに何かあるとするならば、それは五日後ではないかと思われます」

「五日後って、どうしてですか?」

 足腰に力が入らない里香は、来世の腕をがっしりと掴みながら言った。

「少女は、「私が、お兄ちゃんの肩を叩く頃に、あの世へ連れていかれちゃうわ」と発言した。そして、少しずつ岩崎さんに近づいている。……少女の歩幅から考えるに、岩崎さんの肩を叩けるようになるのは、あと五歩ほどの距離があった。つまり」

「五日後が、私のタイムリミットというわけですか」

 岩崎は、スーツの内ポケットからケースを取り出し、中身をビールでもあおるように口へ放りこんだ。

 ボリボリ、咀嚼する音が人気のない道に目立って聞こえた。

「あ、ああ。そんなに妙な顔をなさらないでください。ただの精神安定剤ですよ。は、はは。さ、最近はこれがないと、落ち着かなくて」

「岩崎さん……。来世さん、どうにかしましょう。私、何でもしますよ」

 里香は、拳を握りしめ、高らかに宣言した。……相変わらず、腰は抜けていたが。

「ほう、何でもするのか?」

「あ、う、何でもですけど、できる範囲で何でもっていうか」

 来世から離れたい、が動けない里香は、引きつった笑みを浮かべた。

「なら、明日からお前がすることを伝える」

 来世が良く聞こえる声で発した命令に、里香は引きつった笑みをさらに深めた。
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