第42話 ケース2 死神の足音⑱

文字数 942文字

 一歩、一歩。歩みは降り出した雪に同化するように、軽やかで寒気を催す無慈悲さを秘めている。

 岩崎は、全身に泡立つ寒気を感じた。

 歩みは死のカウントダウンに相違なく。

 歩みは余命に見まがうことなく。

 ――歩みは死神の鎌と同義であった。

「い、嫌だ。僕は生きたい。どうして、殺す? 君とは関係がない人間だ。ほっといてくれ! あんまりだ……」

 生にしがみつくため、岩崎は足の筋肉に逃げろと指示を飛ばす。されど、恐怖という名の鎖が絡みつく足は、すでに死に絶えたかのように動く素振りを見せなかった。

 ――テン、テン。

 距離は、二メートルもない。

 岩崎は、荒く息を吐き、涙をこぼした。

 涙は暖かく、生の輝きを生々しく頬越しに伝えてくる。

 少女は、今だ心の臓をかき鳴らす岩崎の手前まで近づき、死人特有の青白い小さな手をそっと伸ばした。

「フン!」

 真上から何かが落下した。落下した物、いや者は来世であった。

 彼は怨霊の背後に接近すると、札を怨霊の背中に叩きつけた。

「う!」

 怨霊は、苦悶の声を上げ地面にしゃがみ込む。

「ら、来世さん」

「岩崎さん、お守りを持っているならかざしてください」

 訳が分からない。だが、岩崎は言われた通りにお守りを手に握り、前方に突き出した。

「よし、高天の原に神留ります……」

 来世は、お守りを掲げ禊祓詞――お祓いで使われる言葉――を唱えた。その瞬間、来世と岩崎の持つお守りが光り輝き、怨霊を光の膜で覆う。

 岩崎はなかば半狂乱で来世に問いかけた。

「な、なん、なんですか、これ!」

「結界の強化です。境内そのものが結界として機能していますが、お守りを使うことでより結界の力を強力に作用させています。本来のお祓いとは幾分やり方が異なるでしょうが、あいにくプロの霊媒師ではないゆえ、このまま対応させてもらいます」

 来世は、怨霊を見つめ、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「お前は、浜 幸子で相違ないな」

 怨霊は、目を見開いた。

「何が望みだ? お前を殺した犯人の特定か? それとも生きている者が羨ましいのか?」

「……違うわ」

 怨霊は、初めて来世を見た。

「違う、違う、違うのよ。……私は満たされていた。違う、早く浄化して」

「……どういうことだ? どうすればお前は、あの世へ旅立ってくれる? 教えてくれ」
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