第27話 ケース2 死神の足音③
文字数 1,266文字
――男から依頼を受けた翌日。
時刻は、二十時を指している。
依頼人の名は、岩崎いわさき 洋平ようへいという。
地元で採水した湧水の販売、ウォーターサーバーのレンタルを行っている会社の営業職を勤めている。
いつも残業でこのくらいの時間に帰ることが多く、当然、日はとっぷりと落ちていた。
冬の冷たい大気が、太陽という邪魔者がいなくなったのをチャンスとばかりに、道行く人々の身体を凍えさせていく。
来世と里香は、そんな寒空の中、依頼人の後をつけていた。
来世は黒のモッズコートとジーンズという出で立ち。闇に溶けるように、音もなく歩いている。しかし、里香はピンクのチェスターコートに、薄い緑のパンツを履き、ザクザクと雪を踏み鳴らすように歩く。
(こいつは、こっそりと歩けないのか? まあ、今回は怨霊が相手だろうから、多少目立っても良いけどな)
来世は、内心そう呟き、こめかみを掻いた。
今度、尾行の仕方をレクチャーしなければならないだろう。
「来世さん、幽霊って実在するんですか?」
顔に不安げな色を覗かせて、里香が呟く。
岩崎は、会社のあるオフィス街を離れ、閑静な住宅地へと移動したところだ。
大方、静かな場所に来たものだから、不安になったのだろう。来世は、やや柔らかい調子で答えた。
「まあ、いるかな。ほとんどは無害な奴らだが、時折怨霊と呼ばれる存在が現れる」
「怨霊って、本当に! ……あの、素朴な質問なんですけど、どうして死んだ人が怨霊になったりするんですか? どんな理由があれば、死んでもなお、生きている人に悪いことをするんだろうって思って」
「……理由は、様々だ。生前人を恨むような死に方をしたから許せないという奴もいれば、純粋に生きている奴が羨ましくて殺そうとする者もいる。幽霊だ、怨霊だ、っていうから変に感じるが、幽霊も所詮人だ。人である以上、人に危害を加えたり、殺したりするには、そいつなりの理由があるのさ。ただ」
来世は、言葉を切り、肩に付いた雪を払った。
「ただ、何です?」
「今回の依頼は、どうも妙だ。岩崎が接触したという幽霊のセリフが気になる。死ぬことを岩崎に告げている一方で、『鈴の音が鳴る前に、どうにかしないとね』、と警告を発している。純粋に死を願っているなら、そんなことをいうはずがないんだ」
「あ、うーん確かに」
――大丈夫か?
里香という少女は、頭が悪い、というよりは深く物事を考えたがらない。いや、ある程度興味が満たされれば、考えるのを止める癖がある。
来世は、ため息交じりに、「教育しがいのある助手見習いさんだ」と小さく呟いた。
「ん? なんか言いました?」
「いや、何でも。それより、途中でコンビニに行って来い。いつ現れるか分からないからな。こいつは長期戦になるぞ」
えー、一人で行くの嫌だ! とごねる里香。来世は、働けと冷たく言い捨て、財布を取り出そうとした。
――テン、テン。
「待て、動くな」
時刻は、二十時を指している。
依頼人の名は、岩崎いわさき 洋平ようへいという。
地元で採水した湧水の販売、ウォーターサーバーのレンタルを行っている会社の営業職を勤めている。
いつも残業でこのくらいの時間に帰ることが多く、当然、日はとっぷりと落ちていた。
冬の冷たい大気が、太陽という邪魔者がいなくなったのをチャンスとばかりに、道行く人々の身体を凍えさせていく。
来世と里香は、そんな寒空の中、依頼人の後をつけていた。
来世は黒のモッズコートとジーンズという出で立ち。闇に溶けるように、音もなく歩いている。しかし、里香はピンクのチェスターコートに、薄い緑のパンツを履き、ザクザクと雪を踏み鳴らすように歩く。
(こいつは、こっそりと歩けないのか? まあ、今回は怨霊が相手だろうから、多少目立っても良いけどな)
来世は、内心そう呟き、こめかみを掻いた。
今度、尾行の仕方をレクチャーしなければならないだろう。
「来世さん、幽霊って実在するんですか?」
顔に不安げな色を覗かせて、里香が呟く。
岩崎は、会社のあるオフィス街を離れ、閑静な住宅地へと移動したところだ。
大方、静かな場所に来たものだから、不安になったのだろう。来世は、やや柔らかい調子で答えた。
「まあ、いるかな。ほとんどは無害な奴らだが、時折怨霊と呼ばれる存在が現れる」
「怨霊って、本当に! ……あの、素朴な質問なんですけど、どうして死んだ人が怨霊になったりするんですか? どんな理由があれば、死んでもなお、生きている人に悪いことをするんだろうって思って」
「……理由は、様々だ。生前人を恨むような死に方をしたから許せないという奴もいれば、純粋に生きている奴が羨ましくて殺そうとする者もいる。幽霊だ、怨霊だ、っていうから変に感じるが、幽霊も所詮人だ。人である以上、人に危害を加えたり、殺したりするには、そいつなりの理由があるのさ。ただ」
来世は、言葉を切り、肩に付いた雪を払った。
「ただ、何です?」
「今回の依頼は、どうも妙だ。岩崎が接触したという幽霊のセリフが気になる。死ぬことを岩崎に告げている一方で、『鈴の音が鳴る前に、どうにかしないとね』、と警告を発している。純粋に死を願っているなら、そんなことをいうはずがないんだ」
「あ、うーん確かに」
――大丈夫か?
里香という少女は、頭が悪い、というよりは深く物事を考えたがらない。いや、ある程度興味が満たされれば、考えるのを止める癖がある。
来世は、ため息交じりに、「教育しがいのある助手見習いさんだ」と小さく呟いた。
「ん? なんか言いました?」
「いや、何でも。それより、途中でコンビニに行って来い。いつ現れるか分からないからな。こいつは長期戦になるぞ」
えー、一人で行くの嫌だ! とごねる里香。来世は、働けと冷たく言い捨て、財布を取り出そうとした。
――テン、テン。
「待て、動くな」