第44話 ケース2 死神の足音⑳
文字数 1,495文字
里香は、茫然と黙り込む来世を見た。
フルフルと身体が震える。この震えの正体が、里香にはとんと理解できない。
怒鳴られたショックか、これだけ取り乱す来世を見たことのない驚きか。――ただ一つはっきりしているのは、来世には助けが必要ということだけだった。
「来世さん、何座ってるんですか?」
眉間にしわを寄せた来世の両頬を、里香は両手でがっしりと包んだ。
「立ち上がってください。まだ、終わってません。私たちが行動すれば岩崎さんを助けられます。依頼を途中で投げ出すつもりですか?」
「……里香、お前」
里香はジッと、爛々とした目で来世の目をのぞき込む。しばらく、にらみ合うように互いの目を見つめあう。が、ため息をついた来世が目を閉じ、立ち上がった。
「……ふん、言われなくても分かっている。だからお前を呼んだんだ」
来世はエントランスを縦断し、自動ドアをくぐる。
里香も彼に続き外に出た。
「うわ」
朝日が眩しい。里香は咄嗟に目をつむると、「ありがとな」という言葉がわずかに聞こえた。
「え? 来世さん何か言いましたか?」
来世は、返事をせずに歩き出してしまう。「もう」と頬を膨らませた里香は、勢いよく息を吐き、歩き出した。
※
「ここ岩崎さんの職場ですよね」
病院から徒歩十分。水色の三階建てのビルが、岩崎の職場であった。
来世と里香は岩崎の後を尾行する際、何度もこの建物を見かけている。
今更調査するような場所じゃないよね、と疑問を感じた里香は、来世に問いかけた。
「まあ見てろ」
言うなり、来世はビルから出てきた若いOLに話しかける。突拍子もなさに里香は、驚きつつも経緯を見守った。
「すいません。ちょっとお時間よろしいですか?」
「え? 私ですか? は、はい、何でしょう」
「実は私、警察の者でして」
来世は懐から偽の警察手帳を提示し、それから話し始めた。
「最近、ここいらで妙な音がよく聞こえて困っているという相談がありましてね。なんでも鈴のような音、らしいのですが、心当たりはありませんか?」
「え、ええ。鈴の音ですか? ……あ」
若いOLは、口元に片手を当てた。
「そういえば、昨日の夜なんですけど。私、遅くまで残業していたんですよ。そうしたら、リン、リン、リン、って三回くらい、鈴の音が上のフロアから聞こえたんです」
「上の? ということは、あなたは一階か二階にいたんですね?」
「はい。二階にいました。一階は受付と自社商品の展示をするエリアで、事務は二階で行ってるんですよ。もう、怖くて怖くて」
若いOLは、少し来世に近寄る。
(ちょ、近い。この人、来世さん良いな、とか思ってる。絶対)
里香がギリギリと歯ぎしりをするが、二人は気付かない。
来世は、顎に手を当てさらに問いかけた。
「音が聞こえた後、三階には行かなかったんですか?」
「行きませんでした。その、三階は資料室しかないんですよ。普段は誰も立ち寄らないところでして、営業の人がたまに利用するくらい。正直、不気味っていうかなんて言いますか。
今日、男の社員にお願いして確認してもらったんですけど、別に何でもなかったらしいので、警察には報せなかったんです」
「なるほど。そんな場所なら、確かに一人では確認しにくいですよね。……音が鳴ったという三階を見せてもらうことってできませんか? もちろん令状なんかはありませんので、ご協力していただけるなら、という話ですが」
「あ、はい。大丈夫だと思います。上司に確認しますので、中に入ってお待ちください」
若いOLは、来世の手首を柔らかく掴み、社内に入っていく。
里香は拳を握りしめ、近くの自販機を殴り、涙目でうずくまった。
フルフルと身体が震える。この震えの正体が、里香にはとんと理解できない。
怒鳴られたショックか、これだけ取り乱す来世を見たことのない驚きか。――ただ一つはっきりしているのは、来世には助けが必要ということだけだった。
「来世さん、何座ってるんですか?」
眉間にしわを寄せた来世の両頬を、里香は両手でがっしりと包んだ。
「立ち上がってください。まだ、終わってません。私たちが行動すれば岩崎さんを助けられます。依頼を途中で投げ出すつもりですか?」
「……里香、お前」
里香はジッと、爛々とした目で来世の目をのぞき込む。しばらく、にらみ合うように互いの目を見つめあう。が、ため息をついた来世が目を閉じ、立ち上がった。
「……ふん、言われなくても分かっている。だからお前を呼んだんだ」
来世はエントランスを縦断し、自動ドアをくぐる。
里香も彼に続き外に出た。
「うわ」
朝日が眩しい。里香は咄嗟に目をつむると、「ありがとな」という言葉がわずかに聞こえた。
「え? 来世さん何か言いましたか?」
来世は、返事をせずに歩き出してしまう。「もう」と頬を膨らませた里香は、勢いよく息を吐き、歩き出した。
※
「ここ岩崎さんの職場ですよね」
病院から徒歩十分。水色の三階建てのビルが、岩崎の職場であった。
来世と里香は岩崎の後を尾行する際、何度もこの建物を見かけている。
今更調査するような場所じゃないよね、と疑問を感じた里香は、来世に問いかけた。
「まあ見てろ」
言うなり、来世はビルから出てきた若いOLに話しかける。突拍子もなさに里香は、驚きつつも経緯を見守った。
「すいません。ちょっとお時間よろしいですか?」
「え? 私ですか? は、はい、何でしょう」
「実は私、警察の者でして」
来世は懐から偽の警察手帳を提示し、それから話し始めた。
「最近、ここいらで妙な音がよく聞こえて困っているという相談がありましてね。なんでも鈴のような音、らしいのですが、心当たりはありませんか?」
「え、ええ。鈴の音ですか? ……あ」
若いOLは、口元に片手を当てた。
「そういえば、昨日の夜なんですけど。私、遅くまで残業していたんですよ。そうしたら、リン、リン、リン、って三回くらい、鈴の音が上のフロアから聞こえたんです」
「上の? ということは、あなたは一階か二階にいたんですね?」
「はい。二階にいました。一階は受付と自社商品の展示をするエリアで、事務は二階で行ってるんですよ。もう、怖くて怖くて」
若いOLは、少し来世に近寄る。
(ちょ、近い。この人、来世さん良いな、とか思ってる。絶対)
里香がギリギリと歯ぎしりをするが、二人は気付かない。
来世は、顎に手を当てさらに問いかけた。
「音が聞こえた後、三階には行かなかったんですか?」
「行きませんでした。その、三階は資料室しかないんですよ。普段は誰も立ち寄らないところでして、営業の人がたまに利用するくらい。正直、不気味っていうかなんて言いますか。
今日、男の社員にお願いして確認してもらったんですけど、別に何でもなかったらしいので、警察には報せなかったんです」
「なるほど。そんな場所なら、確かに一人では確認しにくいですよね。……音が鳴ったという三階を見せてもらうことってできませんか? もちろん令状なんかはありませんので、ご協力していただけるなら、という話ですが」
「あ、はい。大丈夫だと思います。上司に確認しますので、中に入ってお待ちください」
若いOLは、来世の手首を柔らかく掴み、社内に入っていく。
里香は拳を握りしめ、近くの自販機を殴り、涙目でうずくまった。