第47話 ケース2 死神の足音㉓

文字数 1,066文字

(……依頼人があんな目になっているのは、俺のミスだ。依頼は、必ず達成する。たとえ、俺の身に何が起ころうと)

 懐に手を差し込み、引き抜く。当然、ピッキング道具ではない。来世の手には、縄でぐるぐるに巻かれ、護符が貼られた細長い物体があった。

 護符を剥がし、縄を解く。露になった抜身の刀身に、紫の光が灯る。

 ゆらりゆらり、と光をかざし、来世は荒く息を吐いた。

 熱い、まるで熱帯夜だ。

 蛍光灯の明かりを背に、高々と掲げた小太刀が松明のように揺らめき踊る。

 ――はあ、はあ、はあ。

 高鳴る心臓の音がうるさい。とっとと、済ませてしまおう。

 来世は血走った目で黒い鈴を睨み、刃を振り下ろした。

 ――ヴゥゥゥゥ。

 刃は、すんでのところで止まった。騒がしくスマホが振動している。

 来世は、スマホの画面を確認して、ため息を漏らした。

「やあ、元気かい。愛しいヒナちゃんだよ」

「なにが愛しいだ、うるさいの間違いだろう。一体何の用だ?」

「そりゃご挨拶だわ。今、依頼人の会社にいるんでしょう。その場所が怪しいって教えてあげたの誰かしら?」

 ぐ、と来世は声を詰まらせた。

 実は神社で怨霊と対峙する前に、崎森に呪術的な追跡を依頼していた。鈴の正体がなんであるのかは分からないが、『鈴の音が鳴る前に、どうにかしないとね』と警告するからには、岩崎に触れる寸前に何らかの反応があってもおかしくないと来世は考えた。

 事実、その考えは合っていた。

 岩崎に怨霊が触れた瞬間、岩崎の勤め先であるこのビルに強力な呪力が生じたことを崎森は突き止めたのだ。

「それについては感謝している。きちんと報酬も支払うさ」

「あら、期待して良いのね。報酬ってさ、お金じゃなくても良いの?」

「何を馬鹿なことを。奇々怪々を介しての依頼なら金を――クソ」

「ふふーん。追跡の依頼は、仲介なしのあなたからの直接ラブコールでしょう? だったら、お金じゃなくても良いわよね。やったわ、何をしてもらおうかしら」

 冷えた水が、背筋を伝った感触に来世は舌打ちをする。

「……分かった。まあ、いいさ。それより……」

「あなた、妙なことをしようとしなかった?」

 ――時が止まった。

 まさか、近くにいるのか? さすがに崎森といえど、千里眼の能力はないはずだ。

「黙るってことは正解かしらね」

「どうして」

「分かったかって? 別に女のカンよ。依頼を完璧に遂行しようとするあなたのプロ意識、とっても素敵だと思う。でも、完璧にこだわりすぎるのは、よろしくないわね。普段からわりと無茶するけど、依頼に失敗しそうになったらより酷くなるものね」
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