第97話 ケース4 姿見えぬ殺人鬼⑤

文字数 2,232文字

 ざわつく一同。来世は、それらの声を一切無視し、まずは伊藤に問いかけた。

「伊藤さん。このイベントの準備はどのくらい前から行っていました?」

「え、ええ。だいたい一週間前からです。私は他の仕事を抱えていたので足を運べませんでしたが、部下数名と業者が下準備を行ってくれました」

「では、一週間前から今日まで常に人の出入りがあったわけですね?」

「はい。あ、でも、昨日と今日は私一人だけでしたね。本当は本間という部下と一緒に皆様のサポートを行う予定だったのですが、彼女は体調を崩してしまいまして。仕方なく、昨日から僕一人で現地入りしています」

 西城は、伊藤へ指をさした。

「じゃあ、あんたが爆弾を用意したに違いない。決まりじゃ。俺は解体工事施工技士として普段働いているから分かる。建物を上手く解体するには、下準備がいる。

 あの洋館は三階建てで、かなり大きいから爆弾の量もそれなりのはずだ。そんなにたくさんの爆弾を、俺たちが用意できるわけがねえだろ。なあ、皆?」

「ちょ、ちょっと待てよ。オッサン、解体のプロなんだろ? だったらあんたが一番怪しいじゃねえか」

「なに? このガキが!」

 西城と山内がつかみ合いのケンカを始めようとしたので、伊藤が仲裁に入る。

「ま、待ってください。落ち着いて。まだ誰が犯人かなんて特定するのは難しいでしょう。もちろん、私だって怪しい人物の一人かもしれませんが、そもそも何のために爆破をするのですか? 皆様とは面識がありませんし、当然何か危害を加える理由もない。

 ですが、それは西城様にしたってそうでしょう。このイベントは、グループ単位で参加するものです。自分たちのグループ以外に誰が参加するかなど、当人たちが連絡を取り合うでもしない限り当日まで分かりません。つまり、危害を加えたい相手がいたとしても、当日まで分からないということです。唯一例外があるとすれば、複数人で参加している古城様のグループだけとなります。もし、御三方同士に何らかの恨みがあるなら、このイベントを利用して犯行に至る、という可能性は捨てきれませんが……違いますよね?」

 来世たちは首を振った。

「信じてくれって言い方しかできないが、私たち同士にトラブルはありません。もし、あったとしても、洋館を爆破するなんてスマートじゃない。皆さんに迷惑をかけずに、こっそりとするのが自然でしょう? わざわざ他人に見つかるリスクを冒す意味がありますか?」

 確かに、と数名が頷いた。

 来世は、ゆっくりと息を吐き、思考する。

 確かに犯人の動機については見当がつかない。しかし、状況から考えて一番怪しいのは伊藤である。

(ちょっと突いてみるか)

 来世は、静かに問いかけた。

「伊藤さん。洋館で過ごしていた時、爆弾らしきものを目撃しませんでしたか? 特に柱のあたりなんかに」

「いえ、一応昨日の夜と今日の朝に見回りをしていますが、特にそんなものはありませんでしたよ」

 西城が、鼻で笑った。

「は、どうだか? くどいけど、解体にはかなりの下準備がいる。特に爆弾はかなりの量がいるはずだから、沢山持ち込めば、そら目立つよな。俺たち参加者の中で、アホみたいに沢山の荷物を持ってきている奴がいるか? いないなら、怪しまれずに持ち込めるあんたしかありえん」

「いえ、それはどうかしら?」

 吉川が、西城を見る。

「どういうことでい?」

「もしかしたら、大量の爆弾はいらないかもしれないわよ。今朝の新聞やニュースは見たかしら? 自衛隊の基地から新型のC4爆弾が盗まれたらしいの。その爆弾は、通常のC4爆弾の何倍もの威力があるらしいわ。もし、その爆弾が洋館の爆発に使われたとしたら、案外バレずに持ち込めたかもしれない。少量でも、かなりの威力になるらしいって平坂アナが報道していたわ」

 木村が、「ああー」と間の抜けた声を発した。

「そのニュース見たかも。てか、平坂アナ良いよねー。カッコいいし、声がしびれるってーか。あ、もしかして香苗ちゃんもファンだったりする?」

「は? ち、違うし。……木村さんでしたっけ。馴れ馴れしくちゃん付けしないで」

 来世は、内心舌打ちをした。

 そのニュースは、来世も見ている。被害に遭った自衛隊の駐屯地は、ここから電車でならそう遠くない距離にある。

 C4爆弾は、容易に設置でき、高威力なのが利点だ。

建物の見取り図は、タノシミ旅行会社のホームページに記載されていたのを、来世は思い出す。事前に建物の構造を把握していれば、短時間で爆破の準備を終えるのも可能かもしれない。

もし、そうであると仮定した場合、この中の誰もが怪しい。

このペンションに到着して食事会をするまでの隙間時間。

食事会の際に離席した時間。

 爆弾を設置できるタイミングは多い。従来のC4爆弾よりも何倍もの威力がある新型C4爆弾であれば、少量で済む。つまりは短時間で仕事を終えられる。

 来世は、有無を言わさぬ低い声で言った。

「これから全員の部屋と周囲を確認して回りましょう。爆弾がもしまだあるとするならば、何としても回収しなければならない」

「へ? えー恥ずかしいなあ」

 木村がやや頬を染めるが、来世は首を振る。

「恥ずかしがっている場合じゃありません。捜索は全員まとまって行います。誰が犯人であるのか分からない以上、全員がお互いを監視するのが一番です。もし、怪しい動きをした場合は、全員で取り押さえる。良いですね?」

 全員が頷くのを見て、さっそく来世は行動に移した。
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