第111話 ケース4 姿見えぬ殺人鬼⑲

文字数 1,571文字

「あ? 何だって……」

 伊藤は続く言葉を飲み込んだ。

 来世の瞳は茶色く変化し、目から波動のような無形の揺らめきが放出されている。

 彼の目は、伊藤を捉えていない。空に熱い視線を送っている。

 伊藤は眉根を寄せ、パッと後ろを振り返った。

「ええ」

 呆けたような声が獣の口から零れた。

 宙を覆っていたドローンは、空に縫い付けられている。――そう表現するのが適切だ。なぜならば、ドローンのプロペラは静止しているにも関わらず、機体の落下を拒否されているのだから。

「あ」

 伊藤が気付いた時にはもう遅い。傍にいたはずの里香が、来世の傍まで浮遊していく。他の二人は、ドローン同様に動きが止まったまま、来世を睨みつけている。

 伊藤の体からドッと汗が噴き出た。

「待て、ありえんはずだ。お前の魔眼は、一つの依頼につき一つの能力を得るものだろ? 瞳の依頼は、護衛と脅迫した相手の特定だったはず。だ、だったら、護衛の失敗と俺という犯人を特定した時点で依頼は完了となり、能力は消えるはず。ま、まさか能力は二つではなく、三つあったのか?」

 来世は、首を静かに振ると、里香と吉川に自身のミリタリージャケットとワイシャツを肩にかけた。

「いいや、俺の能力は二つだ」

「嘘をつくんじゃねえよ。じゃあ、これは何だ? 対象の時間を止める魔眼か?」

「落ち着け。冷静さを欠いているぞ。里香を浮遊させただろう? ということは対象の時間を止める能力ではないということだ。……分からないか? ならば答え合わせをしてやろう」

 来世は、洋館の瓦礫に視線を送った。

 濃密な波動が空間を伝って瓦礫に作用し、次々と宙へと舞いあげていく。

「重量に関係なく浮遊させている。……ああ、そうかい。サイコキネシス。念力の魔眼か」

「そうだ、良くわかったな。チィ、お前を操れるなら、何度も地面にぶつけてやろうと思ったが、さすがに無効化するようだな。ならば、これをくれてやる」

 殺意を宿した瓦礫が伊藤へ殺到する。

「ま、待て。お前、殺しはしないはずだよな。ぎゃ!」

 瓦礫は、真横から真下から降る隕石のように、圧倒的な質量と速度で伊藤の体をあらゆる角度から痛めつけていく。

「ぎゃ、ああ、ぐ、た、助け。ぎゃあ、痛い、お、あああああああああああ、うああぐええあああああああああああああああああああああああああ」

 裂ける皮膚、折れる骨、胸の奥が苦しくなるような悲鳴。――だが、来世は攻撃の手を緩めない。

「瞳さんや死んだ奴ら、そしてお前に苦しめられた俺らの怒りはこんなもんじゃ収まらない」

 来世は拳を握りしめ、天高く突き上げる。

 呼応する瓦礫は、伊藤を空へ空へ跳ね飛ばす。

 宙に放り投げたボールとなりはてた伊藤に、無数のドローンが迫る。

 来世は、爆弾の起爆スイッチを拾い上げる。

 スイッチに親指を乗せ、力を入れていく。その瞬間、苦い感触が胸を満たす。――だが、その苦みは圧倒的で暴力的などす黒い怒りに流されていく。

「じゃあな、死ねよクソ野郎」

 指に力が入る。――しかし、真横から伸びた手が爆弾のスイッチを奪い取った。

「お前、どうして?」

「駄目ですよ来世さん。私たちは殺し屋じゃありません。魔眼屋ですよね?」

 柔らかな声音でそう話すのは、里香だった。

 彼女はスイッチを地面に投げつけ、粉々に壊してしまった。

「……そう、だな。すまん、怒りに飲まれた」

「良いんですよ。だから、私が、助手である私がいるんでしょう」

 来世は目を見開く。

「ふん」

 と短く笑うと、毒気の抜けた笑みを来世は浮かべた。

「そうだな」

「ええ、そうです。さ、あの人を下ろしてください」

 言われた通り、来世は瓦礫を操作して、伊藤を地面へと着地させた。

「ぜえ、ぜえ、ぜえ、う!」

 伊藤は、口から大量の血と汚物、それに砕けた歯を吐き出す。

 来世は拳を僅かに握ったが、すぐに力を抜いた。

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